「すいません、今日はいつもの席が空いてないのですが」
「いいですよ。
空いてる場所で」
そんなやりとりをするのも懐かしいほど、
行きつけの店に顔を出していなかった。
忙しいから・・・というのが最大の理由だが、
自分でもこんなに長い間モルトを舐めない日々が続くと思わなかった位、
まともに飲んでいなかった。
珍しくカウンターのど真ん中に座った私達の両サイドには
自分達こそが常連・・という顔をしたグループが座っている。
私の右側にはアクセサリーいっぱいの女性と男性が座り
左側には年齢差20位に見えるカップルがいたのだが・・・・
何故だかどっちも私達を注目する。
「あの・・・注目されてますけど?」
「いつもこう?」
「うん」
「やっぱり格好がくだけてました?」
「それを俺に言う?
カットオフ&ジーンズの俺に??」
確かにこの店では違和感あるスタイルかも知れないが、
ここは横浜、その人間に合っていると理解されれば、
どんな格好でも入店を断られる事は無いのが暗黙のルールだ。
仕事帰りの私達は全員がジーンズカジュアルで、
いつものようにスタッフ全員より暖かく迎えられているのだから、
何を臆する事もないのだが、それにしても今日は必要以上に注目を集めていた。
「最初はどうしましょう?」
「バーガンディウッドでフレンチを」
「皆様?」
「はい」
思い出した・・・
隣のカップルはこの前来た時、バランを4本入れた客だ。
また来てるって顔してるワケだ(^_^;)
どうやら私の指の殆どに存在するリングやブレスレットとそれに負けない位に輝く
大きめな時計と私の格好のギャップが気になるらしい。
あからさまに手元をジロジロ見てから、おもむろに私の顔を見るのが、
正面を向いていてもよくわかった。
持ち物でその人間を測ろうとするのは浅はかな行為だが、
見る場所によっては経済状況や考え方が解るのも事実。
だから興味本位で見る事は仕方ないが、連れと話す時はコッチに背を向けているのに
わざわざコッチを見てあからさまに見つめるのは、はっきり言って気分が悪いのだ。
そんな遠慮無しにジロジロ見つめる女性に冷たい視線を返しつつ彼女を観察してみれば、
センスの悪いアクセサリーと年齢にそぐわないヘアスタイルが育ちの程度を物語る。
「あれ?
パイプの匂いですよね?」
「甘い匂いだ・・・」
友人達が騒ぎだした。
この店でパイプは珍しいな・・と匂いの元を探してみると、
彼らの向こうから私に挑戦的な視線を投げる男性の連れが、
パイプを携えているのが見えた。
「女でパイプかよ・・・」
「男はシガーで・・・?」
「なかなかのスモーカーカップルですねぇ」
彼は室内なのに帽子をかぶり、シガーを持ちながら、
ここは俺の店なんだよ・・という態度を隠そうとしなかった。
彼の前にはボトルが3本。
オーソドックスな形から、ちょっとした常連だが
ヘビーユーザーでは無い事が窺い知れる。
「何か食べますか?」
「牛丼終わっちゃったよね?」
「えぇ。
今は、バーには珍しい「茶そば」がありますが」
「茶そば?」
「牛丼出しちゃったら、もう何でもこいって感じで」
「出るの?」
「若干(^_^;)
まだカウンターで食べた人はいませんが」
「カウンターで蕎麦すすったら・・・ねぇ(^_^;)」
上質な牛肉を煮込んだ小丼を以前ここで出していた事があった。
それを頼む時「牛丼」という言い方をしていたら、
いつの間にか「牛丼」で通るようになってしまったのだが
まさか「茶そば」まで出すとは思わなかった。
ロングドリンクを飲み干した後は、いつも通りモルトをストレートで飲む。
最近は飲む度にボトルを一本ずつ増やしていくスタイルで通しているから、
バーテンダーが飲む酒を尋ねてきた。
「どれにしよう・・・というか、
最近来てないので何があったか思い出すのが大変だ」
「じゃ、開けましょうか?」
「そこまでしなくても(^_^;)」
と、奥でシガーを吹かしていた男性が食事をオーダーした。
「茶そば、2枚!」
バーテンダーが彼の所へ飛んでいく。
時間が遅かったので、蕎麦を作る厨房がクローズドしていて、
彼のオーダーは聞き入れられなかったが、ちょっと無粋な感じが引っかかった。
「オーダーする人、居ましたねぇ」
「俺もあったらオーダーしちゃうけど」
「やっぱり」
シガーを吹かしていた男性はパイプの掃除を始め、
連れ合いはタバコを吹かしながら、猫なで声で何かを強請るような会話を始める。
よく見れば、彼はシガーとパイプを同時に吸っていたようだ。
シガーもパイプも香りが強いため、本来は廻りの客の状況を確認しながら楽しむべき物だが、
相反するような両者を同時に嗜む人は初めてみた。
と言うか、上質なタバコを楽しむには、一緒に置く事は邪魔にならないか?・・・
とさえ思う(^_^;)
で、これを客観的に見ると、格好付けだけの仕草に見えてしまうのだが・・・・
いつも通り、一杯ずつ違うモルトを飲んでいくと
カウンターにはかなりのピッチでプチ壁が構築されだした。
「いつもこんな感じですか?」
「何が?」
「なんか、監視されてるみたいで」
「色々なお客さんが来るからねぇ」
バーは酒を楽しむ場所。
酒を楽しむための努力はいくらでもしていいが、
酒以外の話題は出すべきじゃない・・と言われるほど、
酒飲みのマナーは厳しい物でもある。
勿論、持ち物などで上下を決める場所ではない。
それぞれの客が気持ち良く飲めればそれだけで良いのだが、
どうしてこう、他人の持ち物を気にする人が多いのだろう。
昔は、一切そういうのを無視してマイペースでいる事が良いと信じていたが、
最近の私はそこまでストイックじゃない。
さりげなくそんな連中を刺激しながら、彼らの変化をつまみに酒を飲むのが
面白くなってきていたりするから質が悪い。(^_^;)
私達の前には、当たり前のように複数のボトルが並び、その本数が増えるごとに
パイプオヤジの態度は小さくなっていった。
何事にも上はいるのだ。
主観的な考えを押し通すのは、損につながるだけだ。
謙虚でいる事が結果的には平穏で幸せな時間を導いてくれるし、
その時間こそがあらたな一歩のための元気になる・・とわかっている。
バーで張り合う意味など無い。
特に、馬鹿まっしぐらな人達に喧嘩を売るのは、
馬鹿になりたい人以外にはまったく意味は無い・・・
と思うんだけどねぇ(/--)/
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