カサブランカ

「お久しぶりです。」

「ご無沙汰です」

「珍しいですね」

「なかなか忙しくてねぇ。
　 山本さんは？」

「実はもう一軒店舗ができまして、
　 そちらを取り仕切っています。」

「もしかして東口の？」

「はい。
　 ご存知でしたか。」

「そういう仕事なんで」


久々に訪れたカサブランカは、相変わらず盛況だった。

カウンターに運良く空きがあったから座れたが、酒好きの客がひしめいていて、
マスター不在でもこの店がクオリティを保っている事がよくわかる。


カサブランカ
045-681-5723
横浜市中区相生町5-79
無休 18:00〜AM5:00(Ｌ.O.AM4:00)、日祝は〜24:00


「モルトはありますか？」

「どんな物がよろしいでしょう？
　 あっさりとした物か、柔らかい物、逆にどっしりとした物か・・・」

「７０年代か９０年代のモルトは？」

「すごいとこ、突きますね」


以前この店に通っていた頃は、ここまでモルトばかり飲む事はなかったので、
バーテンダーとしては私の好みを探るように会話を進めるのは当たり前だったが、
その問いを遮るように答えると、彼の顔色が変わるのがわかった。


「確かに、８０年代のモルトは良い物が少ないですね。」

「不思議だけど、現実的には８０年代モルトにがっかりした事が多すぎるんだ」

「うちには７０年代は無いので９０年代で考えてみます。」


バックバーには、この店がカクテル重視の店だ・・と語るだけの
上質で幅広い酒瓶が綺麗に並んでいたが、モルトはあまり目につかない量しかストックされてない。

もっとも店主の山本氏はコンテストで日本一になった事がある人。

ボストンシェーカーの妙技を楽しむ客は多くても、
テイスティンググラスでレアなモルトをゆっくり楽しむ客は少ないのだろう。

しかしバーは、客のオーダーに応えるのが仕事。

出来うる事はとことんやろう・・というカサブランカにとって、
モルトもまた、二クセくらいある物があって当然だと思うし、
こっちもまた、そこら辺を探りたい気持ちでいっぱいだったのだ。


バーテンダーはちょっと考えた後、３本のモルトを持ってきた。

ゴードン＆マクファイルの
「アドベッグ　スピリット・オブ・スコットランド」

マーレー・マクダヴィットの
「スプリングバンク　ファウンダーズ・リザーブ」

そして・・・
「ラフロイグ・クォーターカスク」

が目の前に並んだ。


「こちらのアドベッグはシェリー樽を使って熟成された・・・」

「ラフロイグをもらうよ」

「え？」

「クォーターカスクはまだ飲んだ事が無いんだ」

「わかりました。
　 こちらは人気がありまして、よく出ますが、
　 普通の１０年に比べると穏やかです。
　 よろしいですか？」

「スプリングバンクも好きだけど、まずは飲んだ事ないヤツがいいな」


免税店専用品とか、ファンクラブ向け１０００本限定品とか、
色々なアナウンスが聞こえているが、現物を見る事がなく飲むチャンスがなかったラフロイグ。

小さい樽を使う事で樽材の影響を強く出す試みは、
どんなテイストをラフロイグに与えたのか、気になっていたのだ。


「飲み方は、どういたしますか？」

「ストレートで。
　 テイスティンググラスが有れば。」

「わかりました」


３本選んだモルトのうち２本がクセの強いアイラというのが面白い。

この店には凄いハイランドやスペイサイドが無い・・という証明なのか、
銘柄ではなく蒸留年を指定する馬鹿はまずアイラ好きだろ・・という決めつけか。

間違いなく個性的な客に分類される私には、
いきなりクセ球を投げる・・という事なのか(^_^;)


まずは飲んでみよう・・と、一口舐めてみた。


え？

これって何年物よ？


ボトルに記載が無いので何年熟成したのかは不明だが、
１５年物にも似たスムースさと、１０年物に近いスモーキーさ、
そして広がっていく豊かな香りに控えめな甘さのハーモニーが素敵で、
一瞬で幸せいっぱいな気分になれてしまう・・・(^_^)


「いつもはどのようなモルトを飲まれるのですか？」

「節操なく何でも飲んじゃうんだ」

「最近出たマッカランのファインオークは飲みましたか？」

「飲んだ。
　 ２度と飲まない」

「昔のに比べると、随分変わりましたよね」

「マッカランなら今、キングスバリーで７６年のカスクが出てるよ」

「誕生年が７６年なんでストックしようか・・と悩んでいるんですが、
　 飲みましたか？」

「もちろん」

「どうでしたか？」

「７６年のオフィシャル１８年物によく似てるよ」

「そうですか・・・
　 やっぱり買おうかな。
　 実はマッカランのコレクションしてて、７０年から８０年までの
　 １８年物を全部持ってるんですよ」

「７８・７９はプレミアムがついてるうちに売っちゃった方がいいよ」

「だめですか？」


こういう話になるともう、お互い馬鹿さ加減の晒し合い。
モルト情報が眉唾物も含めて飛び交うばかりだったりするわけで・・・・
(^_^;)


「バーボンは飲みませんか？」

「昔のイバンの２３年とか有れば考えるけど、あったとしても凄い値段だよね」

「そうですね。
　 でも、こんな物があるんですが」


そういってバーテンダーが出してくれたのは、
ケイデンヘッズ社製の「フランクフォート」だった。


「珍しいねぇ」

「本当はヘブンヒルを出したかったんですが、
　 凄い人気であっという間に売れちゃいまして」

「ケイデンヘッズが出してるバーボンって飲んでみたかったんだよ」


さすがはプロ。

モルトのボトラーがチョイスしたバーボンがどれほど面白いかずっと前から興味があったのだが、
そんな気持ちを想像できるあたりが、並じゃない。


日々の忙しさに寄りかかって世間を狭めていると、
自分の幅も狭くしてしまうもの。

モルトの後のバーボン・・というチョイスに、ステレオタイプな毎日に
流されている自分を見透かされたような気がした。