ホテルバーで部下の相談にのっていた。
いつものカウンターで、いつものように飲みながら・・・。
「前はたくさんボトルが入ってましたよね?」
「たくさん無いと不満ですか?」
「そういうわけじゃないんですけど、
廻りの人が見るのが面白かったので・・・」
「くだけた格好で、やたらに壁つくってりゃ、誰だって興味を持つよ。」
最近は下品だから、入れているボトルを全て並べる事は止め、
飲みたい酒をオーダーするスタイルで飲んでいる。
(カウンターに並べると営業妨害になりかねなくなった(^_^;))
一杯ずつ違う酒を飲んでいくと、何ショット飲んだかわかったりするので、
敢えて同じ酒を飲まないでいたりするが、気がつくと立派な壁が出来上がる事も
実は多かったりする。
「・・・人間ってさ、ホントに忘れっぽいよな」
「・・・そうですね・・・」
「凄く厳しい状況に耐えきれなかったり、どうしてもそうしたいって思ったりして、
今の状況を必死の想いで手にしてもさ・・・・
前の気持ちを忘れちゃって、ぬるくなった現状に気付かずに文句ばっかり言ってさ」
「私の事ですか?」
「いや、こっちの会社の事さ。
自分の立場ばかり気にして反っくり返ったり、
自分の仕事だけが会社の仕事だって思ってたりするヤツが居てさ・・・」
君の事だよ、俺が言った事は。
自分がやりたくて選んだ仕事の現実が見えて、
その厳しさやレベルに嫌気がさしてる・・・って事を棚に上げてないか?
まぁ、腹が立つ気持ちは充分過ぎるほどわかるけど、
今の自分がそこに居るのは自分の実力なんだし、
望んだ事と現実にギャップがあっても、そのギャップをまた楽しむ位じゃないと、
「仕事」を続けていくのは難しいのさ。
「まぁさ、自分が望まない事を無理してやる必要はないさ。
自分にとって大事だと思える苦労はいくらでもするべきだけど、
意味ない事に無駄な時間を費やすのは・・・ねぇ」
「自分としては、こうするって決めているんですけど、
決めたのに実行できてないのが・・・悔しいんです。」
隣に座ったカップルの男性が、コッチをちらちら見る。
何を見ているのか・・・と思って注意していたら、
私の前に置いてあるボトルに興味がある事がわかった。
彼らの前に置いてあるのは、バランタインの17年と30年。
この店で一番売れるボトルと、一番高いボトルが並んでいるわけだ。
スタンダード中のスタンダードなボトルにそれだけの金をかけるのは、
この店の雰囲気が好きな証明であり、酒に対するタガの外れ方もまた派手な証拠。
そして一本10万を超えるボトルを入れてるような人の殆どは・・・
負けず嫌いだったりする(^_^;)
「あの人、コッチをよく見ますね。」
「こんな格好して飲んでると、いつもそうだよ」
「・・・・たしかに」
「なんじゃ、そりゃ?」
「何でもありません」
目の前には「バリンダロッホ1967」「プルトニー1967」
「ブレイズ・オブ・グレンリベット」が並んでいる。
特にバリンダロッホはラベルの真ん中に1967と大きく書かれていて目立つからか、
バーテンダーに私の酒がどんな酒かを尋ねだした。
「なんか、注目されてるのは、お酒みたいですね」
「よくあるのさ。
ここに入れてるのは、メニューに無い酒ばかりなので、
酒が好きな人は、どうやってそれをキープするのか・・と、
それが幾ら位になるのかが気になるんだ」
「メニューに載ってない?」
「そう。
こういう店で、そういうワガママができるのは、
それだけお金を落としている証拠なのさ。」
「そんなに飲んでいるんですか?」
「全部出そうか?」
「・・・・遠慮します」
横の男性は、私が置いている3本の合計価格を確認して少し呆れた顔をした。
「・・・じゃ・・4本頼むよ」
「こちらを?ですか??」
「うん」
「いいのよ、今日は。
30万までは入れていいって私が言ったの」
「わかりました。
でもまだ裏に2本ございますが。」
「・・ま、いいじゃん」
「ありがとうございます」
彼は、バランタイン17年をこの日4本購入したらしい。
「何故、4本も同じ物を買うんですか?」
「今月フェアで結構17年が安くなってるのさ。
大好きな酒でいつもソレを飲みたいなら、安い時数本買うのは利口だと思うよ」
「そんなもんですか。
でも、既に2本持ってる・・とか言ってましたよ?」
「ホテルバーでボトルをキープするのは、酒飲みにとっては一つの憧れよ。」
「キープなんて、どこでもできるんじゃないですか?」
「今は簡単になったけど、昔はホテルが認めた客しかボトルは置けない物だったのさ。」
「そうなんですか」
「最近は、メニューに載ってない酒を置いたり、グラスを置いたりする事が、
その代わりになってるけどね」
「そう言えば、ご自分のグラスですよね?」
「だから、このホテルには貢いでるんだってば(^_^;)」
満足そうな顔をしてそのカップルは席を立ち、
代わりにその席には私より若そうなカップルが座った。
「・・・また、覗かれてます」
「いつもの事だよ」
「・・・・」
彼はサントリーのモルトを多くキープしていた。
白州や山崎の限定品など7・8本が揃いそうな勢いだったが、
何故かそのボトルの中から4本ばかりを選んで、残りは下げさせた。
へぇ・・・・
慣れてるねぇ・・・・(^_^)
見ればテイスティンググラスも自分の物のよう。
常連のうちの1人のようだが、私が彼を見るのは初めてだった。
「なんか、ウィスキーの飲み方を語ってますよ?」
「自分の好きな酒が解ってて、ストレートをテイスティンググラスで飲むなら、
立派なモルト馬鹿の1人だよ」
「じゃ、こっちを見るのは、このお酒に興味がある?って事ですか??」
「でしょ。
馬鹿は珍しい酒には敏感なのさ」
自分でもそうだ。
見た事も無い酒には滅茶苦茶そそられるし、
手に入りにくい年代物だったりすれば、是非とも飲んでみたい・・とさえ思うのだ。
「しかし、よく飲みますね」
「最近、あまり飲めないんで、飲める時はしっかりね」
「匂いは素敵なんですけど、強くて・・・」
そりゃ、そうだ。
今日飲んでるのは殆どがカスク物。
目の前には「ロングモーン1973」と「アドベッグ1974」が壁を長くし、
平均アルコール度数は57%を超える勢いをなしている。
「また、そのボトルの事、きいてますよ?」
「そりゃそうでしょ。
メニューに無いボトルだって事でも気になるのに、
レアな年代のモルトだから、自分も入れたいって思って当然さ。
彼は常連のようだしね」
「どうして男の人ってそうやって張り合うんですかね?」
「張り合う?
酒が好きなだけじゃないの?」
「う・・ん、そうじゃないような、気がするんですけど。」
「どうして?」
「だって彼、何本入れてるの?って聞いてますよ?」
「俺が?」
「えぇ。」
「答えてた?」
「数までは答えてませんでしたが・・・」
「なんかさ、スキー場みたいだ」
「え?」
「結構昔の話なんだけど、スキーってさ、ウェアとか板とかで
まず張り合ってさ・・・」
「はぁ」
「格好は思いっきりレーサーみたいなヤツとか居てさ」
「えぇ」
「で、次は実際の滑りで張り合ってさ」
「それがどうしてバーに?」
「どんな酒入れてるかで張り合って、
次はどんな飲み方をするか・・で張り合って・・・」
趣味の物は、張り合う事もまた楽しみの一つ。
勝ち負けなんてある物じゃなく、
自分が納得できる楽しみとしてのみ
自分の中で「良し・悪し」が決まるだけ。
だから、それぞれがそれぞれの中で張り合えばいいわけで・・・
例えば・・・・生き方というモノについてもまた、
同じような事が言える、と思う。
何故なら、
生き方に「勝ち負け」なんてないからだ。
自分が納得できるかどうか・・が大事であったとしても、
自分の人生には自分でしか責任が取れないし、
その価値を他人が判断すべき事ではないからだ。
「もしかして・・・
売り上げに貢献してます?」
「あはは
そうかも知れない。
バーであれ寿司屋であれ、
カウンターという場所は、負けず嫌いが揃う場所だから・・ねぇ」
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