「今日はとにかく飲ませて」
「そうか、誕生日でしたよね」
「そう。
だから任せるので、何かちなんだ物を」
「こりゃ・・・難しいですね」
いつもだったら、すっと飲むものを決めるマスターも、
長きに渡って付き合ってきた事を反芻すると、悩むものらしい。
「悩んだら王道」という自分なりのルールはあるが、
こんな日は自分で飲むものは決めるものじゃない。
ちょっと客観視できる人に選んでもらった方が、
確実にその日の自分に合う物がみつかるのだ。
相変わらず疲れている私を見て、彼は特別なカクテルにするか、
それともしっかりとしたモルトにするか数分悩んだ。
「これを、お店から」
と彼が出してくれたのは、
「マッカラン・グランレゼルバ1979 & アモンティリャード」
だった。
シェリーをチェイサーにシェリー樽仕込みのモルトを飲む美味しさは、
想像以上に素晴らしい事は重々承知していても、79レゼルバを合わせた事はない。
この店で私が望む最高の一杯を出してくれた事に感謝しつつ、
同席した飲み仲間からのマッカラン・カスクストレングス(赤ラベル)をお供に、
ゆっくりとそのハーモニーを楽しんでみた。
あらためて驚く。
79レゼルバの素晴らしい味わいに、深みを与えてくれるシェリーの後味。
優しすぎる・・と感じた時に舐めるカスクのキックも心地よく、
正にトドメを刺されるセッションになっている。
「この後は、コレクションでも飲んでください」
と強引に置かせてもらったボトルを並べてくれるマスターを制し、
「一緒に祝ってもらう為には、瓶底のあいつしかないでしょ?」
とイバン・ウィリアムス23年(1970)を出してもらった。
最後の一杯をどんな日に飲むか考えつつ、大事にとっておいたイバンだったが、
今日は間違いなくその日だと思ったのだ。
この酒が仕込まれた頃は、
まだ、酒の味わいなんて知らなかった頃。
早く大人になりたいと思いながら、過ごしていた頃。
他人が当たり前に持っている物が無いために、
色々な我慢や諦めをバネにしながら、
いつか自分の力で欲しいものを手にすると誓った頃。
思えば時間が流れたものだな・・・と思いながら、
今の自分はあの頃求めた何かを手にしているのかな?・・・と考えてみる。
難しい自問だ。
手に入れられた物と諦めた物と、
望んでも無駄な物と自分で壊してしまった物・・・・
そんな想いが入り交じる時間は、決して至福な時間ではないものの、
生き残った実感と、明日からの空虚な毎日を埋める記憶の一つとして、
やはり大切なのだ・・・と感じる。
47年生きてこれると思わなかった。
今日ここで命が絶えても、悔いは無い。
しかし、世の中にはまだまだ知らない物がありそうだから、
寿命を全うするまで、新しい出会いを求めたい。
最後のイバンを飲みきった時、
1970年の頃持っていた幼い夢を一緒に飲み干したような気がした。
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