その二人は、最初から怪しかった。
70階に向かうエレベーターには、私と彼ら、
そしてドアが閉まる直前に飛び込んだ若者だけだった。
ある意味、このホテルのヘビーユーザーである私にとっては、
どの階がどんなユーザーのためにあるか・・は知り抜いている。
高級スポーツクラブのフロア、旅行会社主催パックツアー用のフロア、
一般客でありながら高額の宿泊費を払う人達のためのフロア、
そして贅沢を当たり前と考えるクラスのためのフロアがあって、
ホテル独自企画で使用するフロアと、レストラン用のフロアがある。
つまり、どんなに格好つけても、どこで降りるかで大体その客単価が
想像できてしまうわけだ。
その二人は連れだってエレベータに乗り、
ホテル独自企画でよく使われる階のボタンを押した。
男性は年齢的には50歳を過ぎ、それなりの収入がある風格をたたえていたが、
女性は彼の相手には若すぎる感じを振りまく、しかし清楚な感じがする人だった。
こんなカップルも悪くないな・・・と思ったが、怪しく感じた雰囲気は
エレベータの中の彼らの行動が裏付けた。
このホテルのエレベータは金色の鏡状の内装で、
ドア前に立つと自分の後ろを観察する事ができる。
だからこの二人の動きも否応無しに目に入ってしまうのだが、
彼らから見れば私は背を向けているので、見ているとは思わない。
で、大概カップルの場合は、それとなくいちゃつく事が多いのだが、
彼らは明らかに違う行動に出た。
二人とも少しお互いに背を向けるようにそっぽを向き、
携帯でメールを打ちまくっている。
もう一人の若者は、安い客室が多い階のボタンを押した事を裏付けるように
いかにも出張・・といった出で立ちで、到着階を指示するインジケーターを見つめている。
年齢が合わないな・・と思ったカップルは、その行動を見る限り
お互い別の相手がいるように思えてならない。
二人して連れだってエレベーターに乗り宿泊用の階に直行するのだから、
間違いなくカップルだって事はわかるが、それにしてはよそよそしい空気が流れているのだ。
最上階にレストランフロアがあるホテルは、カップルに人気がある。
エレベーターに乗る事=宿泊という図式が成り立たないから、という単純な理由だが
色々な意味で逃げのうてる構造というのは、色々な意味で便利ではある。
普段な、こんなどうでも良い事を考えているうちに70階について、
気持ち良く酒を飲むモードになるのだが、この日だけはちょっと違った。
と言うのは、こちらの想像がつかない事態が起きたからだ。
エレベーターが客室フロアで止まる。
若者が荷物を持って降りる。
私は、エレベーターガールのようにドアを閉めようとした・・・・ら
突然そのカップルの女性だけが、閉まりそうになったドアから外へ飛び出す。
そして降りた若者とは反対方向へ歩いていくのが見えた。
え?
カップルの女性だけ・・・
何故降りる??
あれ?
今の若者の連れ・・・な、わけはない・・・
取り残されたオヤジは??
と見ると、無表情に立っているだけ・・・
変なの・・・と思いながらエレベーターに乗っていると、
彼が指定した階でエレベーターは止まった。
ドアが開く。
彼は・・・・
降りない。
あれ?
おじさん、降りるんじゃないの??
という目線を送るが、彼は無表情のまま
じゃ、閉めちゃおっかな・・・と思った瞬間、
彼は、意識を取り戻したように、
突然、作り笑いを浮かべて、エレベーターを降りた。
さぁ、ここで問題だ。
彼らは何故、別れてエレベーターを降りたのだろう?
・不倫だから、同じ階で一緒に降りる事を避けた。
・飛び込んできた若者も彼も彼女も、実は同じ会社で彼女は降りざるを得なかった。
・食事だけ・・と誘われたのに、オヤジが宿泊階に降りようとしたため彼女は逃げた。
※ヒント
・彼は彼女が降りた事で動揺したように見えた。
・彼女はドアが閉まる寸前にエレベーターを降りた。
・エレベーターには最初からカップルで乗り込んだ。
・彼女は自分で降りる階のボタンを押してない。
・二人とも泊まるための荷物は持っていなかった。
不倫で、一緒に部屋に入るのが嫌だったら、
チェックインしてから部屋番号を教えれば問題ない。
若者と彼女が同じ会社で関係を隠したかったら、
最初になにか挨拶をしたはずだ。
食事だけ・・とオヤジが誘ったなら彼らの軽装の意味はわかるが、彼女はエレベーターの行く先を
確認していなく、目指す階がレストランフロアでない事を理解できたかどうかは疑わしい。
たまにはこんな推理小説めいたツマミが転がっているのも、
シリウスというバーラウンジの良いところかもしれないね(^_^;)
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