たまに行く寿司屋と、明らかに常連となっている寿司屋に違いがあるのは仕方が無い。
だが、私が好んで行く店は、一見の客をないがしろにするような店ではない・・という共通項が存在する。
カウンターに座って食事をする・・・
その単価が1000円にも満たないファーストフードでさえ、
マニュアルに則ってではあるが差別的扱いをしないもの。
ところが、その単価が上がるに従い、
明確に差別扱いが大きくなる傾向にあるのは、ある意味面白いとさえ思う。
勿論、自分が常連となっていれば、
その差別扱いは優越感をくすぐって気持ちよさに繋がるだろうが、
私にとっては差別されている客の気持ちを想像して、楽しめなくなってしまうようだ。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
「飲み物はいかがいたしますか?」
「え・・・と、冷酒を。
それと、一カンずつ頼んでいっていいですか?」
「あ、握りますか?」
「はい」
「旭鮨 横浜クイーンズスクエアB1店 」
045-682-2877
横浜市西区みなとみらい2−3−9 クイーンズスクエア横浜アット3rd B1
11:00〜15:00、17:00〜21:30
不定休(クイーンズスクエアに準ずる)
久々にその店に行った時、板前が替わっている事に気が付いた。
以前いた年配の板前だったら、風体の変わった私が最初から握りを一カンで食べる事位は覚えている。
だがこの店は、チェーン展開をする寿司屋だから、人事異動で板前が変わる事は仕方がない。
見たところ随分若い板前に見えたので、たぶん昇格させたのだろう・・・と想像した。
カウンターの角には半分ヘロヘロになるほど酔った夫妻が一組、
私の横には寿司を食いながら一生懸命娘を口説く親父のカップルが一組。
場所柄、色々な客は来るのだろうけど、店の造りにしてはちょっと下品な感じがして、
それがこの店の空気をなんとなく彩っていて面白い。
「どうですか?
これ、塩振ってスダチを搾ったのですけど?」
「おいしい〜」
「そんなに美味いのか?
じゃ、俺にもくれよ」
「そういうと思って・・・ね」
酔っぱらい夫妻は、この店の常連らしい。
それを裏付けるように、板前はその夫妻の方しか見ず、
こちらの食べ方には気を遣おうともしない。
新しい板前だから・・・と、こちらも食べ方に変な注文を付けなかったのだが、
最初に白身魚を頼んでも、塩で食べるかどうかも尋ねずに出すので、
塩で食べる事自体を諦めていたのだ。
失敗した。
この店も、塩で食べるやり方を取り入れていたのか・・・・
そうなら、塩を最初から頼んでおけば良かった。
「帆立はありますか?」
「はい。」
「じゃ、一つ。」
出てきた帆立は、色の具合が少しくたびれている。
が、こんな時でも、素性が解る塩がいい。
醤油をつけて無理に食べると、何を食べているのかわからなくなる・・・
「すいませんが、塩をもらえますか?」
「え?
塩で食べられます?」
「えぇ」
「わさび塗っちゃいましたけど、いいですか?」
「いいですよ」
あのね、塩で食べる時は、わさびを使わないって言うの?
醤油とわさびでごまかさないと食べられないネタでも出したっていうの??
他の客に塩で出していて、醤油は殆ど一滴位しかつけないで食べている客が、
「塩をくれ」って言ってるんだよ?
もし、塩で出したらマズイ作り方なら、取り替えます・・と言ったらどうなんだ?
白身魚や貝・イカ・タコは、塩で食べる方が好きなんだよ、私は。
スダチをポンッと切って出す位の気を遣えよ!
「ハイ、どうぞ」
と出してくれたのは、結晶の大きい美味しそうな海塩。
一嘗めしたら、甘みもあってなかなか良いのだが・・・・
直径3センチ位の小皿にほんの少ししかくれない。
こっちは、冷酒を楽しんでいるのだから、
舌を生き返らせるためにも塩が欲しかったのだが・・・・
「先生、いらっしゃいました」
「お待ちしていました〜
ほら、今日はこんな大きいワサビ、ご用意しています」
「これこれ、これを食べなきゃ始まらんのよ」
「じゃ、最初っからいっちゃいます?」
「いやいや、まずは酒を飲ましてよ」
突然入って来た客は、これまたちぐはぐな化粧をした小娘を連れた親父だったが、
明らかにコイツも超のつく常連なんだろう。
店員の高らかに叫ぶ声も板前の声も、最高のもてなし・・とばかりにトーンが上がって響いた。
板前は、長さ15センチはありそうな天然ワサビをカウンターの上に置き、
たぶんその客が好きな食べ方の為だけに用意してありました・・・と媚びを売っている。
そう言えば昔、山田屋にあまり寿司が得意でない客を連れていった時、
板長がワサビを拍子木に切ってカッパ巻きのようにして出してくれたっけ・・・
あの巻物食べたいよなぁ・・・
でも、常連様のための食材だったら、こんな一見扱いの私が頼んでも断られるんだろうなぁ・・・
と、どうでも良い事を考えつつケースを眺め回すと、端の方にボイルした形の良い車エビが見えた。
「すいません、あちらの海老は車・・・ですか?」
「え・・・えぇ」
「一つください」
「はい」
常連様との会話を邪魔されて、少し顔を堅くした板前は脇板と何やら相談しながら
一本の海老を選んで握ってくれた。
一応、ちゃんとしたのを選んだな・・・
お、頭付き・・か。
自信があるってわけか。
生は・・・、この店じゃ、無いかもな。
車海老はボイルした時、ちゃんと甘みが出る物が素晴らしい。
そしてその甘みは、ボイルの仕方と素材の選び方で凄く差が出るものらしい。
甘さ・・・は有るけど、やっぱり水っぽいか・・・
ま、こんな物だろうなぁ・・この店は。
「先生、いいのありますよ」
「そうか。 何?」
「とにかく食べてみてくださいよ。
にしんなんですけど、塩とスダチで食べると絶品ですよ。」
あ・・・それか。
さっきの常連にも黙って出して、塩で食べさせたやつ。
こっちが頼んだ時は、塩で食べる事なんてちっとも勧めなかったな。
寿司の食べ方には、私にもそれなりのスタイルがある。
・出された物をすぐ食べる。
・全てを醤油で食べるのではなく、ネタによってつける物を変える。
・わからないネタは知ったかぶりをしないで、板前に聞く。
・醤油は、極少量を皿にとって、付けてもネタの一部分のみ
・手間のかかるネタ(炙り物とか)は、板前の忙しく無い時に頼む
・自分が超の付く常連でない場合は、明らかに数が少ないネタは食べていいか相談する
そんなスタイルで食べていると、気が付く板前は向こうもそれなりのネタを選んでくれるのだ。
そして今日もそうやって食べていたのだが、
ここの板前には、ただのどうでも良い客の一人にしか映らなかったらしい。
塩で食べた方が美味しい物や、珍しいネタの紹介は、
とうとう一回も無かったのだから・・・。
「どうですか?
ね、美味いでしょ?」
「塩だとすっきりして美味しいね」
「スダチが効いてるんですよ」
山田屋の板長だと、こういう時に他の客の顔をよく見ている。
美味しそうだな・・という顔を見つければ、その客にも勧めて
その味わいを強引に共有させてしまうのだが・・・
「それと、車の生があるんで食べませんか?」
「お〜」
何だよ、生があるのかよ。
きいてみりゃよかったな・・・
その声と同時に脇板が形の良い車海老を持って入ってきた。
ま、あまり金を落としそうに見えないだろう一見の客に、
この店では数少ない常連向け食材を提供する気はないのだろう。
そんな扱いはどこでも良く受けるから大して腹は立たないが、
それにしても素っ気ないなぁ・・・と思いつつ、この店の海老の扱いを見学する事にした。
活きが今一歩の海老の頭を落として、それはそのままコンロの上。
殻をむいて開いた身は鹿の子に包丁を入れて固さを取る・・・・が、
おい?
湯引きはしないのか??
剥いたまま、客に出すのか???
海老が持っている雑菌を殺し、身を必要以上に固くしない調理方法を
この店ではやらないで出すって事なのか????
「はい、どうぞ。
車の生です。」
「生は滅多に食べられないからなぁ」
「美味しいですよ」
「生って固いでしょ?」
「生ですからね。
でも、食べやすいように包丁入れてますから」
寿司屋には、色々な客が来る。
中には、寿司が好きで食べ歩いたり、色々な情報を知っている客もいる。
間違いでは無いが危険性のある調理方法を目の前で見せる事は、
将来の常連を作る事には役立たない。
悪いけど、この店の常連になる気持ちは無くなってしまった。
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