打合せとは、物事をチームで進めていく上で大切な事。
というか不可欠な事。
いつも通り同じ事しかしないと決まっていても、
その段取りを確認する事は当たり前だ・・と思っている。
チーム全員が同じ方向を見て、段取りを理解して動けば素晴らしい仕事になるが、
誰かが間違えれば、いきなりボロボロな仕事になってしまうのがテレビの仕事。
だから、「・・だろう」的考え方が一切許されない職場でもある。
今日は、番組の打合せがクライアントの担当とあった。
こちらのスタッフは作家とアシスタント。
相手側は広報の窓口となる人間と現場担当者。
いきなり初対面で色々話をするのは難しい事だが、これはある意味特殊技能。
伝えたい情報を聞き出し、それをどう料理するかを主観的にガンガン主張し、
その会話を叩き台にして方向性を探っていくのが、私のやり方だ。
自分で演出する番組をどうするかはいつも自分にとって大切な事だし、
無駄な回り道をする余裕は一切持ち合わせていないって事がその理由だが(^_^;)
テレビで言うところの「作家」とは「構成作家」の事を指し、
番組の台本を書く仕事をしている人達の総称となる。
出演者の喋る事を全て書くような事はせず、
全体の構成と必要最小限の方向性を与えるだけの本を書くのだが、
番組全体の造りを考える上では大切なパートを占めているも事実だ。
だが、演出を担当する私としては、この構成作家という人種がある意味苦手だった。
自分の名前の出る番組は、全て自分が取り仕切っていきたい・・という気持がエスカレートすると
撮影も編集も台本も音楽も・・・と全て自分でやりたくなってしまうのだ。
だから今回、構成作家と仕事をする事は、嬉しくて怖くて嫌で興味がある事だった。
結局何が言いたいの?
・・・・と聞き出す行為。
広報担当者として何を言いたいか・・
現場担当者として何が大切なのか・・
そんな事を聞き出す作家の会話を聞いていて、
今までとは違う感覚が生まれるの気付く。
一つの番組に関わる人間がかなり多い仕事だと知っているから、
それぞれのパートの職人達に逆らう事は無意味。
だから彼等の力を借りて、一つの番組を作り上げる物だと信じていた。
しかし今日、それだけではない・・という事がわかる。
同じ目的のために行っている行為の中に無駄な争いは存在せず、
作家と私の間に微妙に存在していた探り合いが終わった途端、物事は別の形を求めて走り出した。
笑ってしまった。
「・・だろう」と決めつけていけない仕事だと解っているのに、
「どうせうまくいかないだろう」と決めつけていたのは、自分の方だった。
事故を起こして反省する時、気付けなかった「だろう運転」を思い知る事が多い。
そんな苦い体験を山ほどしていながら、今日もまた人生の「だろう運転」を行っている・・・・
なかなか進歩できない自分が、ちょっとだけ情けなかった。
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