六本木の街を歩くと、若かりし日が蘇る。
まだ良いプロラボ(プロ専門の現像所)が横浜に無かった時代、
フィルムを現像するだけのためにこの街までやって来た。
四半世紀前の話だが、その頃の六本木もやっぱり特別な街で、
横浜からわざわざ行く意味を別に考えてもいいくらい輝いていた事を思い出す。
ラボがフィルムを現像するのに必要な時間は2時間。
その間は、どうしてもこの街で時間をつぶさなくてならない。
だが、学生の身分でもあった当時に、
どっか入って時間を潰すような経験も金も無かった私は、
ひたすら居心地の悪さだけを感じながら途方に暮れていた。
欧米人があちこちにうろつき、洗練された洒落人も多く、
横浜スタイルの自分がなんとなく野暮ったいように感じてしまう。
そう思うと心なしか、廻りの目が蔑みの色に染まっているようにも思えてしまう。
真っ向から侮蔑の表情を向けてくれればコッチとしてもそれなりの挨拶ができるが、
それはただの思いこみであり事実無根の言い掛かりとなりかねない。
で、仕方なく浜っ子らしい開き直りで、マイペースを気取るしか無かった。
時間を持てあます時はどうしよう・・・
お洒落な街には立ち読みを許す本屋は無さそうだし、
何か食べるほど持ち合わせは無い。
強いて言うなら喫茶店に行くぐらいだが、
どの店も恐ろしく高い値段が書いてある・・・・
第一、店の中に居ても居心地が悪そうで、入る意味も無い・・・か
そんな事を考えながらうろうろと歩いていた時、赤い看板を掲げた喫茶店が目に入った。
「水コーヒーどんパ」
水コーヒー?
何だそれ??
コーヒーは好きな方だが、水コーヒーというものは飲んだ事が無い。
水で出すコーヒーか?
コーヒーが水のように冷たいのか??
濃いコーヒーを水で薄めたのだろうか???
考え出すと止まらない。
興味と期待がどんどん膨れていくのがわかる・・・・が、問題はその価格だ。
一杯500円を超えたら、帰りの電車賃が無いのだ。
しかし・・・・
まるで吸い寄せられるように、私はその店に入っていた。
屋根裏部屋のような装飾が施された店内は、
2時間粘るのに耐えられそうな落ち着きと穏やかさがある。
さて問題の価格は・・・・
大丈夫だ、450円で「水コーヒー」がある。
よしっ! と心の中で叫び、ウェイターに声をかけた。
(価格が500円を超えていたら逃げるつもりだった(爆))
「暖かいのと冷たいのがありますが?」
「え・・・・」
水コーヒーって言うから冷たいんじゃないの??
と思ったがそこはそれ、知らない顔なんてできないと思い即座に答える。
「冷たいものを」
テーブルに置いてある説明書を読めば、
ダッチコーヒーと言われるその水出しコーヒーが、どんな物かは容易に想像できる。
しかしコッチにしては、六本木の喫茶店も水コーヒーも初めてなのだ。
あ・・驚いた・・と内心ビクビクしながら待った水コーヒーは、
嫌な渋みやエグミを一切感じさせないクリアな味わいを見せて、いっぺんで心を奪ったのは言う間でもない。
今日は、部下と仲間の芝居を見に下北沢まで出かけ、
帰りに六本木で寿司を食う事になっていた。
六本木ヒルズができて呆れるほどの人出がある中、
そぞろ歩いていた時、突然「どんパ」の事を思い出す。
そういえばどうなったかな・・・・とあるべき場所を見ると
既にその店の姿はそこには無かった。
あんなクラッシックなスタイルでは今はやっていけないのかなぁ・・・と思いつつ
帰宅してから検索してみると、六本木の違う場所に移転して営業している事が解った。
行く前に「どんパ」の事を思い出して居たら、
最初にソコヘ行ってから「寿司寿」へ行ったのになぁ・・・・
「水コーヒーどんパ」
03-3586-5318
港区六本木5-16-1石橋ビル2階
8:00〜22:30(月〜土)
12:00〜22:30(日・祝)
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