ドアを開け放ったその店は、フードも充実した若者向けのバー。
当然料金は安く、その結果大した酒は揃わない。
長いカウンターと大きな食卓、それらはどことなく素朴な感じがする木製で、
大きな声で叫ぶ若者達の喧噪をさりげなく柔らかくしているようにも思った。
「何にしますか?」
「え・・・と、『ロングアイランドアイスティー』を・・・」
「きつめ・・で?」
「あぁ・・・
あ、ちょっと待った、
『フランシス・アルバータ」にしよう」
「申し訳ありませんが、どんなレシピでしょう?」
「ワイルドターキーとタンカレーを同量。
それをステアしてロックで飲ませてくれればいいよ」
「わかりました。
ついでに名前もバッチリ覚えました」
明るい若者が、爽やかな笑顔で応対してくれる。
ラフなスタイルがカウンター内で働くにはそぐわないと感じるが、
違和感なく溶け込むのは店の雰囲気だけの問題じゃない。
多くを求めるような店ではない・・・と知っているからか、
それとも彼の笑顔が安心感を抱かせるからか・・・・。
「ったく・・・
どこにいるのさ」
突然、隣に座った女性が呟く。
驚いて彼女を見ると、長い髪をまとめもせずに垂らし、
ひたすら携帯を見つめている姿が見えた。
その店の中を見回すと、カップルと一組のグループが席を埋めていた。
一人きりで飲んでいる客は、私と彼女だけなんだ・・・
そう気付いた瞬間、贅沢と孤独を同時に背負ったような気分にさせられ、
二人の間にある主の無い椅子が作る空間が、妙な距離を演出している事を理解した。
見ず知らずの人間に声をかける事はしない。
しかし、波長が合うな・・と思えば、自然に会話は生まれるもの。
でもそれは、感情的距離が短いとお互いが理解しないと実現しないのだ。
店の中で私達二人だけが黙って酒を飲んでいる姿にスポットライトを当て、
天井から覗いてみたらどうだろう・・・・と下らない想像をしながらグラスを傾けると、
バーボン&ジンの強さが心地よく気分を盛り上げてくれるのがわかる。
「どうしたの?
そんな顔をして??」
「この前会ったのは1ヶ月前・・よね?」
「そうだ・・・ったかな」
「全然顔つきが違うね。」
「皆にそう言われる。
いきなり不規則で休み無しだから、痩せたんだと思うけど」
「違うよ。
目つきが、変わったんだ。」
「へぇ・・・
自分じゃ、自分の表情なんて見ないからね」
「いいね」
「え?」
「いい顔してるよ」
「褒めてんの?」
「別に・・・」
一人取り残されたような空気の中で、
30分前の会話が突然蘇った。
そうだった・・・
今日は、車だから飲めなかったから、
この店でしっかり飲もうと思っていたんだっけ・・・
この前から、誰彼なく何度となく言われる言葉は、
全て私の変化の大きさに対する感想ばかり。
だが、その会話は、
身体がオフェンス側にシフトした事を裏付けるようで、その都度少しだけ嬉しく思えていた。
そしてそれは、いつか変化が訪れた時、
自分の力を最大限発揮できるように訓練していた事を認めてもらえたようにも、感じられた。
「どうして、電話に出ないの?
メールも見ないの?
なんで〜??」
また、隣の女性が大きな声を出す。
しかしその声を聞く者は、この店では私しかいない。
それを「孤独」と言うべきか「幸せ」というべきかは、わからない。
だが、金曜の夜のバカ騒ぎの中で、他人の心の動きにさえ気付く自分を見つけて、
自らの変化の大きさがかなりのモノだと自覚させられた事は、とても面白い事だと思えた。
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