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Malt Crazy
道楽もほどほどに
日記的雑感
 
 

ロケ

「集合、9時、小田原です。」とADが携帯に伝言を入れていた。

わかってるって・・・
朝早く起きなくちゃいけない事だけは・・・・

ディレクター職として参加するロケは実に久々。
だから何となく新鮮ではあるのだが、とにかく小田原は遠い。

その距離感がなんとなくまだ身についていないから、
その事にひたすら戸惑っていた。


7時台の東海道に乗ると、通勤通学客が多い事に気づく。

学生のスタイルが小田原に近づくにつれて野暮ったくなり、
顔つきはどんどん若々しくなっていく。

それにしても、化粧の酷さと制服の着崩し方は滑稽で、
今の風俗を垣間見た気分に浸る事ができた。


今日は、神奈川県の伝統工芸を取材する。

日頃は絶対気にしそうにないモノの部類ではあるが、
実は嫌いではない。

過去、横浜の伝統技能を撮影した事があったが、
その匠の技にすっかり魅せられ、その面白さにも惹かれてしまったのだ。

だから、こんな取材に同行できる事は、
願ってもない事だ。


浜松出身の彼女は、木工の全国コンクールで賞を取った。

20代の若さで、寄木細工や指物を専門に行う工場に勤めているが、
真面目で腕も良いと社長が褒めている。

そんな彼女に、木工の楽しさをインタビューするのが、今日の仕事。


「浜松は、木工の仕事も結構あるのですが、雇ってもらえなくて・・」

「へぇ・・・
  女だから・・ですか?」

「そうです。」

「何だか、納得できない気分ですね?」

「仕方ないんです。」

「どうして?」

「何故か、住み込みでの仕事場が多いんですよ。
  だから女はダメだ・・・と」

「住み込みの強制ってのも凄いですが、
  女人禁制ってのもなかなか凄い話ですね・・・」

「木を扱える職場なら何処でもいいので、小田原に来たんです。」


彼女は、母親の為にミシン糸が綺麗飾れる箱を作った。

立方体の5面にアクリル板の蓋が付き、糸巻きが綺麗にディスプレイできる板の付いた箱が
その中に組み込まれているが、勿論その箱の中にも色々な小物が入るようになっている。

その立方体は、台座の上でクルクルと抵抗なく滑らかに回転する工夫があり、
ちょっと遠くから見ればお洒落な置物にも見えてしまう。

骨組みの華奢で華麗な佇まいが、女性らしさを感じさせる・・・と思ったが、
その箱にナイフや時計を飾れたらいいな・・と不謹慎に思ってしまった。


女性が、職人の世界に飛び込むのは、
体力的にも慣習的にも難しいのはわかっている。

しかし彼女を雇った社長は

「仕事は丁寧で速いし、単純作業にも音を上げずにこなしてしまう。
  重い材料を出す時だけは手伝わなければ無理だが、それを割り引いても十分な程
  役立ってくれていますよ・・・」

と褒めた。


工場に、赤いAR125が停まっている。
その車体に貼られた販売店のステッカーから、彼女のものだ・・と気付く。

多分、購入してから8年近く経っている・・と思える車体は、
必要最小限の美しさを保っていた。


「バイク・・・乗るんですか?」

「えぇ、勿論。
  でもどうして?」

「Tシャツの背中に、ヘルメット被った人馬が・・・」

「あはは。
  持っているのはチェーンですよ」

「本当だ」


毎日毎日が、ひたすら木との会話ばかり。

そんな日々を幸せと感じられる彼女にとって、
横浜から来たオールドライダーは興味を引くのだろうか?


「あの、賞を取った箱、お母さんに差し上げました?」

「えぇ」

「やっぱり受賞とわかった時、真っ先に連絡したんですよね?」

「・・・・・いいえ」

「え?」

「一番大事な人に・・・」


あはは
やっぱり若い娘だ。

こんな瞬間があるから、
外へ出られる仕事の方が好きなんだ。


誰かに会って、その人の生き様を切り取れる仕事だから、
没頭できるだけの重みがあったのだ・・・と気付けた日、
少しだけ昔の感触が蘇ってきた事を理解した。

 
 
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