「ねぇ・・・どうしてきかないの?」
「何を?」
「私がどこで何をしてきたか?」
「訊かれたいの?」
「・・・別に」
「今、一緒に居るからいいだろ?」
「そうだけど・・・」
「君は俺の事を探らないよね?」
「うん・・・どうでもいい」
「じゃ、俺もいい・・・って思ってても、不思議じゃないだろ?」
「はい、わかりました。
飲みましょ。」
「という事で、マスター、何飲もうか?」
「久々に派手なのいきます?」
「ショットガン・・・とか?」
「ボイラーメーカー・・・とか?」
「邪道・・」
「好きなの飲ませろよ」
「じゃ、『スモーキーマティーニ』でも」
「何それ?」
「この前飲んだ『アイラマティーニ』の変形版で」
「いずれにしろ、とっとと酔ってしまえ!って事かい?」
「ここは、バーですから」
誰かを束縛したい・・・と思うのは、
決してその人を信じていないからではない。
少しでもそばに居たい・・
少しでも気配を感じていたい・・・
そんな離れがたい気持を満たしたいからこそ、
束縛したい欲求が生まれるのだ。
しかし、人と人との出会いは偶然で、
社会に生きる以上、ありとあらゆる出会いが突然訪れる。
それをお互いが必然だと思いたい時、特別な関係が出来上がるのだろう。
だから、出来上がった「完璧だと思い込みたい関係」に寄りかかり、
偶然の出会いを必然と感じないように背を向けて避けてみても、
気がつけば寄りかかっていたはずの関係が崩壊している事だって、当たり前にある。
つまり、「絶対は無い」と感じているのだ。
でも、「絶対」だと信じて生きていたいのも、事実だ。
「ねぇ、どーして男はズルイのよ?」
「なんで?」
「皆汚いじゃん」
「そうだなぁ・・・
俺も汚いもんなぁ・・・」
「なんかさ、君だけだ・・とか言いながら、風俗行っちゃったりさ
平気で二股かけたりしてさ・・・」
「俺はそんな事しないよ。
ジジイだからさ」
「アンタは変よ。
こんな変な人、珍しいワ。
でも、風俗は行くでしょ?」
「興味はあるけど、行った事無いな〜」
「え〜、なんで〜??」
「なんでだろ〜
そういうのって、嫌なんだよ」
「女に困ってないか・・・」
「そんな事は無いよ。
たださ、金でどうにかしようって思えないのさ」
「一度も無い・・の?」
「無いよ」
「信じられないなぁ〜」
「男が必ず風俗に行くって決めつけるのはどうなんだい?
確かに若い頃は、スキ有ればどうにかしたいって気持を隠す事はできなかったが、
それでも本物の心が無いと、動く事すらできなかったよ。」
「不自由してなかった・・のね」
「不自由だらけさ」
どうでもいい平行線。
でも彼女は、信じたくても信じられない現実を
嫌ってほど見続けてきた・・・と言い続けたいのだろう。
そしてそれは、自分の知らないタイプに出会った偶然に、
少しだけ寄りかかりたいほど疲れている証拠でもあるのだろう。
気持の良さ・・・・は、
私にとっては全て同じ感触で捉えられる。
お日様の匂いがする布団にくるまれる時も、
文章から感じる心の動きも、
キラキラと輝く水面の感触も、
好きな女に抱きしめられる匂いも・・・
全て共通した感触だと、解っているのだ。
「じゃぁさ、
私と酒とどっちがいい?」
「どっちもいいな」
「それじゃ答えになってない」
「そう思うからいけないのさ。
立派な答えの一つだよ。」
「わかんないよ」
「比べられない物を比べる事に無理があるし、
最終的には同じ感触を持っている・・・という事でもあるし」
「感触って、どういう事?」
「心が揺れる感触って、わからないか?」
「え・・・?」
「例えば何かに心惹かれる時、
身体の内側がキューっとなったり痒くなったり、
切なくなったり熱くなったり
引力に負けそうなほど引っ張られたり冷たくなったりした事は無い?」
「・・・ある」
「それって感触でしょ?」
「・・・うん
・・・だけど」
「どんな事でも受け止めて、自分に素直になって感じれば、
何かしたい事を制限するのではなくて、欲しくないものは求めない意味が解るかもね」
100マイルで受ける風の中給排気音の洪水に身を任せ、
アスファルトとタイヤの織りなす華麗なステップを、気持ちよく楽しむ。
その快感と、言葉のボクシングから感じる快感が、同じ判断基準にある・・
という事を理解するのは、分析できるだけの幅広い経験が必要だ。
歳を取ると、身体が鈍感になるのには意味がある。
心が色々な物の感触を覚えてしまえば、
直接的な感触は、ある時は邪魔にさえなるからだ。
いや、もしかしたら、身体が鈍くなるにつれて、
それを補うために心が敏感になっていくのかも知れない。
そんな、どうでも良い自問自答を楽しんでいると、
彼女は大きく溜息を吐いてから、こう言った。
「答え合わせは、気持良い・・・ね」
|