「随分、お見限りね・・・」
「ズイブン、懐かしい表現だね」
「たまには顔くらい見せてよ」
「だから、時間を作ったのさ」
「あら・・・会いたくなかったの?」
「会いたくなければ、時間は取らないよ。」
「かわいくない」
「昔からね・・・」
シェーカーの中で氷が踊り、バーミキサーが若者向けの甘いカクテルをかき混ぜている。
そんな音の中で聞く彼女の声は、少しかすれてザラついた感触を伴って聞こえた。
「また、戻ったの?」
「うん、戻った」
「よく戻ったわね」
「業務命令だからね」
「嬉しい?
それとも悲しい?
総務部長には未練が無い?」
「嬉しいかどうかはわからない・・・
でも、悲しくはない。
少なくとも表現できる仕事は、悲しくはない」
「そうね・・・
でもきっと、また自分を見失うわよ」
「どうだろね・・・
少なくとも、今は背負っている物が無くなったから・・・」
「部屋・・・汚してるでしょ?」
「あぁ・・・
でも、何でそう思う? 」
「貴方は、一人きりでは淋しさに負けておかしくなるからよ」
「それがどうして俺のグータラに繋がるんだよ?」
「何かに囲まれていれば、安心できるでしょ?
机の上も部屋の中も、貴方はいつも物で埋めていた・・・」
「それは・・・」
「私も、田舎に居た時の自分の部屋は、物でいっぱいだった。
でもコッチに出てきてからは、綺麗に片付けるようになった。
一人きりで生きるって決心して出てきたんだから、
淋しいなんて絶対言いたくないし、感じたくなかったのよ。
だから、私は何かに囲まれて安心する自分を嫌いになったのよ・・・」
「俺は元々だらしないのよ」
「そうやって、振り向いてくれない親の気を惹こうとしたのよ」
「なんだよ、いきなり絡むなよ。」
「不思議な人よね・・・
他人の気持ちを想像するのは得意なのに、自分の心を見る事は下手。
そして、自分と近い人の気持ちを理解する事も下手・・・・」
久々に会った・・というのに、
一緒に吸っていた空気が蘇った。
少し乾いて、少し重い・・・
あの頃の匂いとともに・・・・
「なんか、あった?
相談したい事があるんじゃない?」
「顔がどう変わったか・・・見たくなっただけ。」
「どうして?」
「なんとなく・・・」
「・・どう見える?」
「シャープね」
「いきなり不規則で、少し痩せたかも」
「そういう意味じゃない」
「満足かい?」
「もうちょっと、ギラついて欲しい・・・かな」
「何故?」
「・・・・」
ロイヤルハウスホールドの中の氷が、カラン・・と音を立てた。
その音をキッカケに、二人の目線は目の前の夜景に移動する。
「とにかく、こうやって生きてるわ」
「何も変わらず?」
「心は・・・ね」
「嘘・・・だな」
「そう・・・ね」
毎日、切れていたはずの関係が蘇る。
いや・・・切れてしまった・・と決めつけた関係が、
違う目線で見た時に見つかっただけ・・・の事かも知れない。
「歳・・・取った?」
「君?」
「うん」
「あまり変わって見えないよ」
「あなたは、どっちかと言えば化け物ね。」
「それを入ったら、君はもっとだよ」
「今、見えている所だけ・・はね」
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