「何だよ・・・こんな所で渋滞かよ・・・」
何時も混まない3車線の直線道路が、何故か今日に限って渋滞している。
こんな時、一人きりで運転していても、無意識に独り言がこぼれるものだ。
早く帰って、
一杯飲ろう・・って思ってたのによ
と毒づきつつ、無意識に渋滞の元を探して、視線を泳がしてみる。
が、強引に車線に割って入ろうとする車両が多く、求めるモノを見つける事は難しかった。
5台ほど車線を譲った頃、目を刺すライトが路上にある事に気付いた。
ハロゲンライトが二つ、上下に並んでコッチに向けて点けてある。
何だよ、眩しいな・・・・
と文句が口から出そうになった時、
そのライトはスクーターのヘッドランプだと気がついた。
バイクの事故?
ライトが点きっぱなし・・という事はやったばかりか・・・
タクシーに追突かよ・・・
こんな時、他人の事故は娯楽にも似た見せ物と化す。
周囲の車は事故の詳細を細かく見ようと徐行し、
その結果、必要以上に渋滞が起きるのが常だ。
ライダーはどうした?
あ・・歩道脇で横になっているヤツがいる。
と言うか、バイクのライト点きっぱなしじゃ、電源入りっぱなしじゃん。
と気付いた瞬間、私は事故現場の先に車を停め、現場に向けて走りだした。
現場に行ってみると、軽装の若者が同じく軽装の彼女を膝枕し、
一生懸命話し掛けている最中だった。
「私、もうダメかも知れない・・・」
「大丈夫だよ、大した事はないから」
「ダメよ・・・こんなに血が出て・・・
どうしよう、顔が痛いの・・・血が止まらない・・・」
「大丈夫だよ、すぐ救急車来るから。」
「ダメ・・・
寒いの・・・」
彼は半袖のシャツを着ていたせいで剥き出しになっていた肘を擦りむいたものの、
それ以外のダメージはが殆ど見当たらない状況だったが、
彼女は左側の顔面を打撲し頭部や鼻から出血が続いていた。
間違いなく、打撲と出血によるショック症状が出ているようだ。
が、出血量は大した事は無いから、精神的な問題が大きいと考える。
彼が一生懸命彼女を落ち着かせようと努力しているし、救急車を呼んだ事を告げているから、
私ができる事は二人に関してはあまり無さそうだ。
車に救急箱を積んでいなかった事を悔やんだが仕方ない。
素人療法はかえって完治を遅らせる事もあるので、数分のうちに辿り着く救急に任せる事にした。
ぼーっと立ち尽くすタクシー運転手を横目で見ながら衝突現場に入ると、
エンジンは停止しているものの、案の定スイッチはONのままのスクーターが転がっている。
もし燃料が漏れてくれば着火の可能性もあるので、
まずはキーをオフにした。
こんな時、最低限の行動が取れないライダーは多い・・と聞くが、
実際メインスイッチをオンのままバイクを転がしている現実を見ると、
気が動転している事を割り引いても恐ろしい現実だ・・・と言わざるを得ない。
けたたましいサイレン音を響き渡らせながら、救急車が程なく到着した。
手には薄いゴム手袋、鼻まで隠れるマスクを装着した救急隊員が3名、
彼と彼女の傍に駆けつける。
反応を見るために彼女に声をかけ、彼には状況を質問する彼等の中に、
背中の真ん中まで伸びた長い髪をポニーテールにまとめた隊員がいる事に気がついた。
あれだけ長髪の隊員も居るんだな・・・と、今時の救急の体質変化に驚いたが、
体液から感染する病気やSARS等の関係から装備するようになった手袋・マスクにも驚いた。
自分が血だらけになった時、素手で担架に載せてもらった経験からは想像がつかない現実だが、
彼等の激務を考えると、蒸し暑い最中での最低限の装備によって倍加する不快指数は想像以上だろう。
長髪の隊員は、他の隊員と二人で彼女を担架に載せたが、
その時、恐怖にガタガタ震えている彼女に声をかけた。
「大丈夫よ、心配ないから・・・」
え?
女性??
すらっと伸びた身長のワリに華奢には見えたが、今時の若者と思って見れば何の違和感も無い体格の彼女。
注意してみればふくよかな胸回りが確認できたが、想像だにしなかったのも事実だった。
「なんであんなにピッタリついてきたんだよぉ。
赤信号、見てなかったろ?
俺が停まったのに突っ込んできやがって」
「すいません」
「何やってんだよ?」
「すみません・・・」
見せ物を見るような目つきで通り過ぎる車両を横目で見つつ、
タクシーの運転手にやりこめられるライダーに同情する。
確かに安全装備もいい加減だし、車間も詰めて走っていたのだろう・・と思うが、
彼にとっては大切な彼女に怪我をさせた事で頭がいっぱい・・・のようだ。
ここで第三者は、口を出す事はできない。
明らかにタクシードライバーが逃げを打っている・・とその話っぷりや態度から経験的に想像がつく
からと言っても、当事者しか知り得ない情報を想像で語る事はあまりに非常識な行為だ。
見れば、タクシーの損傷は大した事が無い。
バンパーに傷が入った程度で、フレームが歪むような衝突ではない事が解る。
速度が遅かった事とバイクが転倒に近い状況でヒットした事が経験的に見てすぐ予想できたが、
今はそんな推理をするより大事な事が有るはずだ・・・と考えたら、大事な事が一つ残っていた。
それは、転倒したままのバイクを安全な場所へ移動する事。
誰も交通整理をしていない中で、250ccと言えども軽くないバイクを起こすのは大変だが、
ガソリンが路上に流れ出したら2次災害が発生しかねない危険な状況だ。
それにライトを消してしまったため、路上のバイクを確認せずに突っ込むバカも出かねない。
で、とにかくバイクのハンドルを握って持ちあげようとしてみた。
重い・・・
グニャリと曲がったハンドルは力が入れ辛く、
ちゃんと腰を落として上げなくちゃダメだ・・とバイクが訴えた。
向こうでは擦過傷の手当を受けつつ、相変わらずタクシードライバーと話しているライダーが見えるが、
コッチがしようとしている事は完璧に目に入ってない。
事故を起こした後は、その後の安全を図るのも義務だろ、ライダー・・・とボヤキが出た瞬間、
それまで見物を決め込んでいた野次馬数名が突然加勢してくれた。
自分が事故を起こした時、偶然居合わせた人達が協力して助けてくれた事は、
今でも頭の中にこびりついている事実。
その人達は「お互い様だから・・・」と言いながら、面倒を見た後すぐ現場を去った。
お互い様・・とはよく言った事で、まさに路上におけるトラブルの対処は、
通りすがりの人達の善意によってなされている事を多く聞く。
だからこそこんな事故を見た時、
私もできる事をしてあげたい・・と停まるのだ。
しかしながら今回の事故現場では、
同じライダー仲間でさえ助けに停まろう・・とする者は居なかった。
その事実は、
当たり前なんだろうな・・・と頭で理解できても、
悲しいな・・・と感じさせるのに充分な事だった。
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