前のタクシーが変な動きをするのは解ってた。
追走するバイクの進路を塞ぐように、微妙に進路を妨害するその動きに、
ほんの少しの悪意を感じながらも、彼は強引にタクシーを追い抜く気にはなれなかった。
きっと、ヘッドライトが眩しい事に腹を立てているんだろう。
そう思えるのは、白く輝くハロゲンバルブに換えてから、
ちょくちょくこういう羽目に陥っていたからだ。
それより大事な事は、後ろに乗せた彼女を怪我無く送り届ける事。
折角の横浜デートを完璧にするためにも、
もっともっと距離を縮めるためにも、
無理や無茶はしない人間としての走行を見せつけなくてはいけないのだ。
「ねぇ〜!
中華街のエビマヨ、おいしかったね〜!!」
「横浜まで来た甲斐、あったぁ??」
「うん! 最高!!
ありがと!!」
「寒くない??」
「大丈夫〜!!」
「ちっとも恐くないだろ??」
「このバイク、乗り心地いいね!」
「スクーター!!」
「どぉ・・・違うの??」
二人ともジーンズで彼はシャツ、彼女はカットソーと軽装だ。
ヘルメットはペラペラの安全性に疑問のあるタイプ。
今流行りの250ccスクーターにタンデムで乗るには、少しばかり軽装過ぎる・・・
と感じるのは、私が古いタイプのライダーだからか。
真っ白なボディにはブルーのデコレーションランプも設置され、
夜間の市街地走行でもその姿が際だって見えるから、
大人しく走っている分には事故は起きにくいだろう・・・と考えた。
「ねぇ・・・
家帰る前に、もうちょっとだけ寄り道しない?」
「あんまり遅くならないんなら、イイヨ!
でも、なんで??」
「ちょっと、話したい事があるんだ!」
「なぁに??」
「ついたら、話すよ!」
「今は、話せない事??」
その時、交差点の信号が赤になった。
前のタクシーがブレーキを踏む。
信号とブレーキランプの赤が、突然目の前を真っ赤に染めた。
おい、そんなに急激に停まるなよ・・・
行っちゃってくれよ・・・
バイクはノーズダイブしながら、急速にタクシーとの車間を詰めていく。
と、同時に彼女が彼の背中を滑って前へ飛び出しそうになった。
マズイ・・
どうしよう、左側に避けられる・・かな
無意識に彼の左手は彼女を抱くために後ろに回った。
左手でかけていた後ブレーキをリリースしても、彼女が前に飛び出すよりマシだ。
フロントブレーキのみの制動となったバイクは
あっけなく右側に転倒しだす。
左へ迫り出すリアは、結果的にタクシーの後部に向けて車体を走らす結果を招いた。
右足で地面を蹴り、飛んでいく彼女を捕まえようと頑張ったが、
フロントカウル左側をバンパーに食い込ませたバイクはソレを支点に半回転し、
彼は肘を路面に擦りつけて転倒したが、その左腕には彼女の身体の温もりしか残っていなかった。
どうなった・・・?
痛てぇ・・・
バイクは??
いや、彼女は???
追突されて急ブレーキを踏んだタクシーは、身体の右下の方向にいる。
今にも降りそうな夜空は、廻りのビルの明かりですこし黄色っぽく見えた。
ギャーッと次々後続車がブレーキをかける音がする。
その方向を見上げると、お尻を向けたスクーターが転がっているのが見えたが、
探し求める彼女の姿は見えない。
ドコへすっ飛ばされたのだろう・・・
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