寿司は、一年に一回位、お客様が家に来たときおこぼれで取ってもらえる、
超がつく贅沢な食べ物だと思って育った。
今ではそんな事は考えられないのかも知れないが、
少なくとも私の家では当然の事で、寿司屋へ行く事なんて一生無いとさえ思っていた。
しかしある時、祖母の計らいで一家揃って寿司屋に行く事になった。
「ねぇお祖母ちゃん・・・
お寿司って、ご飯暖かいんだね?」
「そうね。
家で頼む時は出前だから、どうしても冷えてしまうのね。」
「でも、ちょっとご飯冷えているみたいだ」
「あら、あんまり熱いご飯だと、
生のお魚が煮えちゃうのよ。
だから、丁度良い暖かさにして作ってくれるのよ」
「へぇ〜
お祖母ちゃんって、何でも知ってるんだね」
夢の寿司屋デビューは、寿司屋で食べる寿司の美味しさを中学生だった私にシッカリと刻んでくれたが、
その後、寿司屋のカウンターで勝手気ままに食べるまでには、実に20年近くの年月を費やす事になる。
何故なら、その後の寿司屋はご存知の通りバブルの終焉までひたすら高級化の一途を辿り、
社用族以外はカウンターで寿司を摘むなんて夢のまた夢・・・という現実が続いていたのだ。
「昔はさぁ・・・
どんなに良いネタ入れても飛ぶように売れてさ・・・」
「そう言えば私も、副社長に連れられてでしかこの店に来れませんでしたよ」
「建築関係の人達が良く使ってくれて、
一カン2500円の大トロだって仕入れられたんだが、今はご覧の通りさ。」
「それって、今より高い・・・ですよね?」
「そうだね。
銀座でもそこまで高いネタはなかなか使えないんじゃないかな。
でも当時は、回りも高かったからソレくらいの値段じゃないと勝負できなかったよ。」
「で、大将。
今日のオススメは?」
「シャコ・・だね。
久々に小柴の良いのが入った。」
飛ぶ鳥を落とす勢いがあったその寿司屋は、今は商店街の裏で細々と営業をしている。
久々に顔を合わせたので誘われるままに訪れてみたが、
あまりに安いネタばかりが冷凍ケースに並んでいたので、早々に引き上げた。
一番のネタが大トロじゃなくて、小柴の蝦蛄・・・ねぇ
「小柴で上がった地の魚を食べに行かない?」
「おっ・・イイネ。」
「最近、寿司屋で悩んでるようだから、
久々にアソコに行こうよ。」
「そうか!
あの店があったね」
漁港の傍には、そこで水揚げされた魚を食わせる店が必ずある。
そんな店の中には、間違いなく寿司屋もあるのだが、
蝦蛄を揚げる漁港として有名な柴漁港の傍にも抜群な寿司屋が一軒あったのだ。
「すし処 かねへい」
045-788-3388
横浜市金沢区柴町345-79
「すいません、予約していた者ですが・・・」
「お待ちしていました。
こちらへどうぞ。」
いらっしゃい!
と板前達から声がかかり、10人は座れそうなカウンターの一番端に案内される。
夕方6時だというのに、既に先客が一組寿司を楽しんでいるから、
相変わらずの高い人気が続いている事に安堵した。
「何にしますか?」
「そうですね・・・じゃ、お任せで」
「お寿司で?」
何、言ってるんだろう・・・
寿司を食いにきたのになぁ・・・
とその時少しだけ変に感じたが、最初のビールとお通しに煮蝦蛄を楽しみながら、
久々に友人と近況報告会に興じる事に専念していた。
と、目の前を煙草の煙が過ぎる。
何だよ・・・と横を見れば、花板が相手をしている先客が、
一つ握りを食べては煙草を吸い、一つ握りを食べては泡も消えた生ビールを啜っている。
「美味しい・・・とかよく言えるよな。
煙草吸いながら味がわかるわけねぇよな?」
「私も煙草は吸うけど、寿司屋のカウンターで吸う勇気はないね。」
「ナリから見れば地元民だろうけど、
握ってる方も腹を立てずによく相手してるよなぁ」
二人とも気分が顔に出る方だから、努めてそっちを気にしないようにするのだが、
目の前を紫煙が漂うと、どんどん腹が立ってくる。
花板さんよ
ちっとはコッチの分も考えてよ!
あれ?
もう、ビールが無くなりそうなんだが、
どうして握りを出してくれないんだ?
いや、握りを出すための皿さえ出してくれないじゃないか・・・
どうなっているんだ????
「お待たせしました」
と目の前で作業していた脇板が皿に10カンほど盛られたセット物を出す。
しまった・・・・
この店には、きっと「おまかせセット」なるこういうメニューが有ったんだ・・・
何だよ、こんな物食いに来たんじゃないぜ!
一目でネタのランクが解るようになってしまった自分を恨みつつ、
わざわざカウンターを予約したのにセット物を食べると判断された不甲斐なさにも悲しくなった。
それにしても、セット物と勘違いされても、せめて握ったそばから出してくれればいいじゃないか!
声を失い、怒りと落胆の色を浮かべた二人を見た脇板は、
「わざわざ予約してこんな物オーダーするんじゃない」といった感じでニコリともしないでソッポを向いた。
とにかく、握りたてを食べるしかない。
せめて、少しでも美味しく食べたいのだ。
「あの・・・この後にお椀がでますが?」
うるせぇ! 花板!!
コッチの目当てはこの後なんだよ。
このレベルの寿司を食いに、わざわざ小柴くんだりまで来たんじゃないんだ!!
「まだいいです。
この後、かなり、食べますから」
「・・・はぁ。
じゃ、声かけてください」
この後食べるぞ・・・と宣言した私達は、
セット物をものの5分で食べてしまい、ヤツらの反応を見た。
花板・・・・煙草吸いの客におべんちゃら。
脇板・・・・やる気無さそうにしつつ、コッチに目も合わせない。
よし、今日はこの脇板を教育してやる。
「すいません、そこにかかっているのは、全部ココで採れた物ですか?」
「えぇ」
「じゃ、一カンずつお願いしていいですか?」
「一個ずつ・・ですか?」
「はい」
「どうぞ」
「じゃ、まず『キス』と『車海老』と『スズキ』を」
やっぱり一カンずつしか食わないよ・・・といった感じで、彼は握りだした。
「すいません。
塩はありますか?」
「え? 塩・・ですか?」
「はい」
「塩で食べたいんですね?」
「白身は塩で食べるのが好きで・・・」
なげやりに出した寿司をその倍の速度で戻し、
素早く岩塩をふりかけ、さらにスダチを絞りかける脇板。
その表情には戸惑い緊張が走ったのを見逃さなかった。
出されたスズキを一口で頂く・・・
美味い!
コレだよ!!
こういうのを食べに来たんだ!!
今まで不機嫌極まりない表情だった私は、
ワザと大袈裟に笑みを作って彼を注視し、「美味い!」と声をあげた。
すると・・・・
脇板の表情がガラリと変わる。
よし!
これでコイツは美味い寿司を俺達の為に握ってくれるぞ(^_^)
かれい
イカ
タコ
子持ち蝦蛄
出された握りは間髪いれず一口で食べ、
追加した〆張鶴をゆっくり味わいつつオススメは?と水を向ける。
「ココには出してないんですが、『カサゴ』があります。」
「カサゴの握りなんて初めてだ。
じゃ、ソレを」
「私には鉄火を」
「ヘイ!」
冷蔵ケースにも入ってないネタを出したらコッチの物だ。
友人に作る巻き寿司も、赤身の脂が綺麗のった処を選んで作っている。
な?
お前等の見立て違いだったろ??
寿司を楽しみに来る客だから、カウンターを予約したんだぜ?
とは言わないが、なんとなくまだ足りない・・・と表情に出したら、
脇板は笑みを浮かべながら凄い提案をした。
「殆ど生の穴子・・・・如何ですか?」
「え?
穴子って生で食べられるの?」
「ウチでは良いヤツだけ刺身で出すんで、握りにはあまり回せないんですが
せっかくですのでひとついかがか・・と」
「食べます・・とも」
一緒に行った友人も私も、Tシャツにジーンズ姿で年齢不祥。
(どちらも40代とは見られない童顔コンビ)
だから店としては、安い客と値踏みしたのだろう。
それでも上手く相手をすれば、もっと商売にはなるだろうに、
すぐ食ってすぐ出てけ・・・という態度にコッチもカチンときたわけだ。
寿司屋で美味い握りが食いたかったら、
板前と目を合わせてオーバーアクションで美味しがれ!
そして、勧めるものは全部食らいつくして楽しめば、間違いなく美味い物を出す努力をしてくれる。
これで後は、忘れられないウチにもう一回行けばいい・・・と(^_^;)
これ以上食えないほど食って、ビール1本+〆張鶴を飲んでの支払いは
15,540円だったとさ(爆)
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