待ち合わせ場所に早く着いた。
こんな時は、相手が来るまでマンウォッチングする。
疲れたサラリーマンの集団。
会うべき相手の顔がわからず、オロオロと探す女性。
黒いYシャツにオレンジのタイを合わせた目つきの悪い男。
明らかに夜の商売をやっていそうな女。
お尻が見えそうなローライズジーンズを履いた若い娘。
短いスカートの下にロングスパッツを履き、地べたにドカッと座り込んだ女子学生。
ホームレス。
ほんの10数分の間に、色々な再会のシーンを見せられる。
これから飲みにいくグループ。
顔さえしらないのに待ち合わせしていた男女。
腕をがっしり掴まれて歩いていく女性。
ちょっと脂ぎった太めの男性の腕に、胸を押し当てるようにからみついた綺麗女性。
ツンツン頭でこれ以上下ろせない位パンツをズリ下げた小僧と爽やかに手を繋いででかける女子学生。
あ〜ぁ・・・と大きな欠伸を一つして、また寝込むホームレス・・・
それぞれにきっと、ドラマがあるんだな・・・・と感じる。
自分の能力とは別な次元で色々な事が起き、その気配に応じて身体が反応する。
だから、時間の流れが恐ろしく変わってしまい、今は日々の長さは短く感じられる。
それなのに、こうやってほんの少しの間に、色々なドラマを感覚的に作り出してしまうのは、
13年ぶりにディレクター職を兼ねる管理職になるからだろう。
人の気持ちは、いつも満たされる事を無意識に望む。
自分の中に勝手にできた筋を、どうやって通していくかが命題だったり、
与えられた位置関係の中で、どれだけ優位に立てるかが大切だったりするのが常だ。
そうやってできた澱みは、自己治癒能力皆無の社会を象徴するモノ。
そして、日々変化のない社会には、必ずと言っていいほどそんな澱みが存在する。
満たされない・・・という飢餓感だけを抱きながら・・・・。
「待たしたな」
「いえ、今来たところです。」
「そうか。
で、何処へ行こう」
「そうですね・・・久々に焼鳥とか?」
「お・・イイネ」
待ち合わせた先輩は、少し若返っていた。
外見は十分に年齢相応だが、目つきが以前にも増して鋭くなっている。
ここにも、牙を研いで自分の生き方を曲げない人がいる・・・とあらためて気付く。
そう、満たされない想いは、自ら満たすように動く事でしか埋まらないのだ。
忙しいから・・・何もしない。
命令されてないから・・・できる事にも目を背ける。
どうせ・・・
所詮・・・
否定するのは簡単で楽だから・・と何もしないのは自由だが、
頑張っている人間の足を引っ張る事には頑張れるヤツが多すぎる。
久々に会った先輩を見て、何故彼が一人で起業したかを思い出した。
自分の人生を他人には委ねない・・・・か。
「どうした、複雑な顔して」
「いや・・・異動です。」
「あはは。 お前が異動・・・ね。
他に玉がいないのに・・か?」
「働けるヤツは全員現場って事ですよ。
非常事態ですから、当然ですね。」
「ま、お前がチンマリとデスクに座ってる事自体、間違いだと思うが。
それにしても、後任は大変だな。 誰がやるんだ?」
「常務です。」
「普通はそれが真っ当なパターンだが、社員が総務の責任者から降りるのは、
何かとんでもない失敗でもしたって思われても仕方ないぞ?」
「失敗・・・ねぇ。
強いて言うなら、スーツ着てない事と、出社時間が遅いって事位っすよ」
「あはは。 冗談だよ。
現場から離れて長い人間なのに、現場に戻すって事はそれだけで十分大変な事。
まして行かされる場所がうるうせぇ連中の真っ只中なら、それなりに信頼はあるって事さ。
しかし・・・務まるのか?」
「さぁ・・・
まぁ、どうにかするしかないでしょ。」
「お前も、尻拭いの人生だな」
「そういうのって、ガサツだけど自分を曲げない私には向いてるんでしょうね」
「ま、身体壊さない程度に頑張りや」
「大丈夫です。
今、やれ・・と言われてる事だけだったら、滅茶苦茶余裕ですから。」
「それ以外の問題が大きいんだろ?」
「そうだと思います。」
人間関係のトラブルを解消するのは難しい。
まして当たりが優しくない私にとっては、火に油を注ぎかねない。
だから、ちょっと時間をかけるしかない・・と思っている。
ただ、会社的には時間が無いのが気がかりではある・・・な。
「お前のような我の強いヤツが、もう少し会社にいれば随分違うのにな」
「大変ですよ、そうしたら。
毎日ケンカになってるんじゃないかな」
「仕事でケンカできないような会社は、絶対伸びないよ。
良い物なんてできるわけないしな。」
「ま、また別のリレーションが増やせますから、
後はタイミングで瞬間芸を見せるしかないですね。」
「準備は大切だよ。
時間が少し自由になるなら、色々考えられる事を実行する事だね。」
「一緒に仕事できたらいいですね」
「チャンスが有ったらな」
信頼は、実力の上にしか築けない。
そして今は、その「実力」を養う時期かも知れない。
新しい職場に移る私にとって、先輩の説教はとても有り難かった。
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