「最近、美味い寿司食ってる?」
「なんでそういう事言うかな。」
「山田屋のカウンター無くなったんだろ?」
「知ってて言うかな」
「嘆きの文章書くから、今日は救世主になってやろうか・・と思ってさ」
「へ?
美味い寿司屋見つけた?」
「まだ食ったワケじゃないんだけど、
行ったヤツの話だと間違いなく美味いんだそうだ。」
「へぇ・・・」
「たださ、問題が一つある。」
「何だよ?
滅茶苦茶高い・・とか?」
「あはは。
それでよかったら『次郎』でも行くさ。
そうじゃなくて営業時間が変ななのさ。」
「深夜しかやらない・・とか?」
「逆。
早朝から昼過ぎまでなんだ」
「え?
それって・・・・」
「そう。 市場関係だよ。」
「市場の寿司屋ってネタは良いけど、仕事はどうなんだろ」
「行列ができる位に美味いんだってよ」
「へぇ・・・聞き捨てならないねぇ」
「んじゃ、行くな?」
「行く行く!
何処集合??」
「大江戸線・築地駅A1出口」
「魚河岸かい?」
「そう。
昼前には着かないとマズイかもな」
友人の誘いにのって、築地へ向かう。
ちょっと小さい感じがする大江戸線に乗ったが、気分は既に魚河岸だ。
(京急ユーザーにとっては大門から乗ったら二つ目だから、かなり近いイメージがある)
横浜にも市場はあって、近隣の食堂街は美味しいと良く言われるが、
何となく近寄りがたいイメージが意味無く有るので行った事がない。
だから、場外とは言え築地市場の内部に存在する食堂街には、
興味こそあれ、選択肢の中に入る要素は殆どなかったのだ。
「実はさ、俺も初めてなんだよ」
「え? マジ??」
「その寿司屋に行った事がないってわけじゃない・・・のね?」
「そう。 築地の中に入るのも初めてさ」
「じゃ、同じじゃん」
「そうだよ。
一人で来るのもつまんないしさ・・・」
地下鉄の通路を歩いている時から、なんとなく魚臭い感じがしていたが、
A1出口はまさに築地市場の入口にあった。(どうりで、魚臭いわけだ)
友人も私も初めての築地だが、今日の目的は決まっている。
とにかく行列のできる店として有名なあの店だ!
「寿司大」
03-3547-6797
中央区築地5-2-1
5:00〜14:00
「マジ・・・かよ」
「もうちょっと早く来れば良かったな」
「寿司大」は「大和寿司」と人気を二分する有名店。
そしてその2店は同じ長屋造りの6号館に存在し、
そのどちらも数十名の順番待ち客が店の外に並んでいたのだ。
「やっぱり土曜だから混むんだな・・・」
「どうする? 並ぶ??」
「当たり前だろ。
ここへ何しに来たんだっけ?」
「俺は、並んでまで寿司じゃなくても・・・」
「俺がずっと並んでるから、色々と物色して来いよ。」
「悪りぃな。
んじゃ、ちょっと散歩してくるわ」
若い女性の二人連れ、カップル、オヤジの集団に老夫婦・・・
ざっと見ても30人位は居る。
そして、店内は12名しか座れない広さで、
どっしりと腰を据えて寿司を摘む客ばかり・・・・。
これじゃ、何時間待つのだろうか?
「どう?
・・と全然動いてないなぁ」
「ラーメン屋とはワケが違うから、慌てても無駄さ。」
「そうだな。
他にも寿司屋あったぜ。
それと天麩羅屋とか丼物やってる店とかもあるし、
ココは今度という事にしないか?」
「やだ。
既に30分以上待ってるんだから、ここで動きたくない」
「へいへい・・・っと。
んじゃ、もうちっとブラブラしてくるわ」
隣の天麩羅屋から、胡麻油の良い匂いがする・・・
反対側の店も天丼を出す店で、朝から何も食べてない腹がソッチに行け・・と喚きだす。
店内から2・3人が出てきて列が少しずつ進むが、いっこうに自分達の番は来そうにない。
「あのさ『吉野家』あったぜ」
「あのさ・・・ここまで来て『吉野家』で食べよう・・なんて言うなよ?」
「さすがにソレは言わないけどさ、これだけ食堂があるのに何故『吉野家』かなって思ってさ」
「たまには『吉野家』の牛丼が食べたい仕事人も居るんだろうぜ」
「しかしこのペースじゃ閉店の2時になっても入れないんじゃないか?」
「目の前で暖簾下ろされたりしたら怒るぜ」
市場の朝は早いから、当然食堂街も朝早くから営業する。
で、その結果、店じまいは昼過ぎとなる店が多く、
1時を回る頃廻りの店がどんどんシャッターを下ろしだした。
12時前に着いたとは言え、すでに2時間近く経っているから営業終了時刻に近いはず。
後ろを見れば後20人近くは順番を待っているし、
暖簾下ろした後のこの人達をどうする気なんだろう・・・???
「ごめんなさい、暖簾下ろさせてください」
「え? もう終わり??」
「下ろすだけ。
今並んでいる人はちゃんと入れますから。
すいませんねぇ・・お待たせして」
脅かすなよ・・・
ここまで待ってあと3人が帰れば入れるところなんだから・・・
「しかしさ・・・
暖簾がある時は気にしなかったけど、これだけ中が丸見えだと落ち着かないだろうな?」
「これだけ並んでるって、向こうからも丸見えか」
「ラーメン屋でも席の後ろに立って待たれると落ち着かないんだよ」
「大丈夫さ。 食いだしたら気にならないって」
「そんなもんかなぁ・・・」
お待たせしましたぁ〜!
いらっしゃいませぇ〜!!
勢いと愛想の良い板さん3人に迎えられ、店に入ったのは2時半近かった。
ネタ表もよく見えない一番端に陣取ったが、
立ち食い蕎麦屋同然の奥行きの無いカウンターを見て、その狭さをあらためて感じる。
1500円からあるセット物の頂点に「お任せ」3500円があるので、
それを頼む事にした。(山田屋のように腰を据えて相談しながら食べる雰囲気ではない)
10カン+1カン(希望により何でも)のソレを食べて、
足りなければ足せばよい・・・という考え方だ。
何も飲まないのもな・・と冷や酒を一本(忠勇生300ml)頼むと、
お通しに・・・と「トコブシ」を出してくれた。
まぁ、普通のトコブシだな・・・と思っていると、
「待たせちゃってごめんなさいね」
「端っこではみ出させちゃってすいませんね」
と声を掛けながらさらに「タコの頭」出してくれたが、そのタコの切り身が妙に美味い。
これは期待できるかも・・・・・と思っているところに
「静岡沖で採れた本マグロ」といきなりトロが出てきた。
ここの握りは、基本的に味を付けて出すようだ。
煮きり醤油がキッチリ塗ってあるので、小皿があっても醤油を使う必要は無さそうだ。
いきなりトロですか・・・
え?
え・・??
えぇ〜???
凄い鮪だ。
口の中でとろけるように消えていくソレは、嫌味一つない脂のせいで滅茶苦茶に美味しい・・・
いや、美味しいなんて簡単な表現では言い尽くせそうにない。
明らかに鮪のトロなのだが、上等なシャリに溶かしバターを垂らしたような風味があって
適度な人肌のシャリがまた美味しく感じられるのだ。
「すげぇ・・・」
「まったく・・・」
「これ食った瞬間、今まで待ってた事を忘れたよ」
「待った甲斐あったなぁ・・・」
そして、夢のようなお任せの握りが次々と出てきた。
平目
雲丹(北海道 馬糞雲丹)
金目鯛
白海老(富山)
出汁巻き玉子(生海苔入り)
巻物(葱トロ+かっぱ(タラコ混ぜ))
キス
鮪ヅケ
赤貝
鰺
穴子
平目は岩塩を削ってあしらい、雲丹はコッチで食べる物としてはかなりの上物を揃え、
金目鯛はちょっと酸味のあるタレを塗り・・・と、食べる方を飽きさせない。
何も付けずに食べさせるのは、きっとココが市場だ・・という事もあるのだろう。
忙しく食べて出かける人にとって、そのまま食べられる事はありがたい事だろうし・・。
(でも、江戸前は醤油をつけないでも食べられるように出す・・という話もある)
「富山の白海老です」と出された白海老にまで、煮きりが塗ってあったのはどうかと思ったが、
ちょっと濃厚な味わいがあるソレには、抜群なマッチングをみせたからすっかり脱帽した。
「最後に、どんな物でも良いですから、一品サービス致します」と声をかけられ、
「白海老」か「トロ」か・・と悩んだ時、大事な一品を食べていない事に気がついた。
「じゃ、車海老を」
「ボイルですけどよろしいですか?」
勿論!
ボイルだから楽しみなのさ。
あの、山田屋や次郎に存在する「車海老」の甘さが、
築地のボイルした「車海老」にも存在するか・・が気になっているのだから。
「どう?」
「う・・・ん。
山田屋の勝ち・・だな。
彼処の茹で方は、ちょっと他では味わえないって事が解ったよ」
「美味しくない?」
「いや、美味しいんだけど、あの甘みは出てないんだ。
江戸前の寿司屋だと、場合によっちゃ砂糖まで使って甘みを足すんだけど、
ここのはそういう仕事はしてない。
だから、山田屋の勝ちね。」
「彼処は砂糖を使ってる?」
「板長は使ってないと言ってた。 それに砂糖の甘さじゃないんだ。」
とにかく美味い。
美味すぎる。
この後に何か・・と思ったが、かなり腹も膨れてきた。
だが、試しておきたいものがもう一つある。
そう・・・「コハダ」だ。
「すいません、追加でコハダを。
それと何かオススメがあったら、もう一カン」
「そうですね、まだ食べていないのでおすすめは・・・・
アオリがありますけど。」
「いただきます。」
コハダは素晴らしいシメ方で、酢も強くなく生臭くなくて
この店の仕事の腕がしっかり感じられる美味しさをみせた。
そして「アオリ烏賊」は・・・
久々に・・・久々に美味しい烏賊だ・・と体中が喜ぶ美味しさだった。
「来て良かったよ・・・」
「俺も、こんなに美味いとは思わなかった。」
「今度、平日に来るかな」
「バイクで来りゃスグだろ?」
「午前半休してここでブランチして、それから仕事に行くか・・・」
「どうよ、お前の寿司屋ランクとしては?」
「鮪は間違いなくトップ。 仕事では5本の指に入る感じ。
コストパフォーマンスとしては、間違いなくトップだな」
「そうだな、あれだけ食って酒一本つけて9000円ちょいだったら、滅茶安だな」
「山田屋でも1万は超える量と味だよ。」
「銀座辺りじゃ、同じネタ食ったら幾らするのやら・・・」
「幸せな一時をありがとうございました。
でも、腰が痛いですな」
「歳くったな」
「うるせぇ」
*平日は、昼時以外は並ぶ事がない・・・と店の人が言ってました。
|