「ただいま」
声をかけるが、反応がない。
仕方ない・・
朝5時じゃ、普通は寝てる時間だ。
身体の汚れをシャワーで流しタオルで拭うと、
疲れが一緒に流れてしまったように気持ちよい。
「入〜れて・・」と小さい声で呟き布団に潜り込むと、
「おかえり・・・」と彼女は寝言のように応えた。
「毎日、遅いね」
「仕方ない、終わらなかった」
「眠い・・・」
「ゴメン、起こしちゃったね」
「いい。
ちゃんと帰ってきたから・・・」
「もう少し寝る?」
「う・・ん。
どうせあと一時間で起きるし・・・」
「ねぇ・・・いい?」
「なぁに? え?」
「いいじゃん、頼むよ」
「はいはい、どうぞ」
「あ・・・
これこれ・・・
そう、ソコ・・・
くぅ〜・・・・気持・・イイ」
「・・好きね・・・ほんと」
実は、好きな人に背中を掻いてもらう事が好きなのだ。
頭を洗ってもらう事より嬉しくて気持良い・・と思っている位、大好きなのだ。
だから、リフレッシュした身体に爪の跡が付くくらい、
目が醒めてしまった彼女に掻いてもらう事は、至福の一時と言っても過言ではない。
「もうちょっと早く帰ってくるとか、
どうせなら帰らずに頑張って、明日は普通に帰ってくるとかできません事?」
「それができたら苦労しませんなぁ・・・」
「やっぱり寂しいぞ・・・私」
「俺も、寂しいぞ」
「どうかな・・・
仕事楽しそうだし・・・」
「働かなきゃ、しょうがないっしょ」
「もう、寝なさい。
10時過ぎには出るんでしょ?」
「そうだった・・・ゴメンね」
「大人しく寝るんだぞ」
目が醒めると誰もいない・・・
時計を見ると9時55分を指している・・・
何故、ちゃんとギリギリに目が醒めるんだろな?
そこまでして会社に行かなきゃいけないのかな?
一応4時間は寝たからどうにか動けそうだが、
どんよりと重い身体は、明らかに寝不足でヘタッている証拠でしかない。
「仕事と私とドッチが大事?」と尋ねない彼女は、
一緒に居られる時間の短さを別の何かで埋めようとした。
そして・・・ある日・・・
仕事が終わって家に帰ると、彼女が消えていた。
人間は誰でも、無意識に自分の命を一番に考える。
人間は誰でも、無意識に自分の心を一番に考える。
だから彼女も最善の道を選んだだけだ。
が、それでも「ここまでするか・・・」と怒りが湧き、
己のした罪の深さを思い知らされた。
7年の長きに渡って勤め上げた総務から、こんどの6月で異動となる。
制作の現場を取り仕切りつつ、
ディレクションもしなくてはいけないらしい。
そして、会社とは関係ないモノも動き出した。
忙しくなるのは必至。
でも、やり甲斐があって望むところだが、
心に刺さったトゲの存在をあらためて確認し、少しだけ狼狽えてもいる。
やはり、どこかの交差点で曲がった事だけは確実のようだ・・・ね。
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