遠くに見えるベイブリッジは、夕闇の中で存在を主張するかの如く輝いているが、
それを眺めながら飲む酒の味には、あまり大きな影響を与える事はない。
いつからこんなに冷めてしまったのだろう・・・と自嘲気味に呟いてみるが、
それに応えるのは溶けだして転がるグラスの中の氷だけだ。
常に安定に憧れつつ、しかし常にギリギリの動きでしか生きている実感を持てない私は、
普通の生き方をする事に嫌悪さえ覚えていたのだが・・・・
ここ数年の暮らしは、ごく普通の暮らしにちょっとだけ毛が生えたようなものだった。
「ここに居ると、落ち着くわ」
「ありがとうございます。」
「日常空間からこれだけ離れてるって、目で見えるのがいいわね」
少し離れた席で、こっちと同様に一人きりで飲んでる女性がバーテンダーと話してる。
彼女の前にはボトルが2本。
そしてその横顔は、寂しさが影を作って、凄みのある美しさを漂わす。
どんな人なんだろう・・・
どんな道を歩いているんだろう・・・
と意味の無い疑問を頭に浮かべながら、同類に見える自分を振り返ってみる。
単なる酒好きのオヤジ・・か
カランと音を立てて氷をグラスの中で回し、
随分甘い香りに変化したロイヤルハウスホールドを一気に干し、
ストレートで飲む・・・とバーテンダーに伝えた。
人生には何度となく転機がやってくる。
そしてそれには、ある程度似たようなパターンがある事は、解っていた。
安定してそれに慣れると、その安定が壊れる。
そしてその何も無くなった状態から必死で這い上がって、やっと楽になるとまた・・・・
一人の時間を、贅沢に楽しみ過ぎた・・かな?
たんだん、こうやって夕闇迫る風景の美しさを肴に飲む事は、できなくなるな。
だが、一から出直す事は嫌いじゃない。
面倒で、シンドくても、また新しい自分が生まれる気がするからだ。
10数年前の風をモルトから感じ取るのは、
明日の安定が想像できるからできる事。
明日の命が解らない時、きっと奥深い味の世界なんて楽しむ余裕はない。
加速度的に忙しくなるのは7月の後半から。
しかし、それもやってみないとわからない。
すぐ慣れて、もっともっと・・・と欲が出て、
でも、こういう時間はちゃっかり確保しているかもしれないじゃないか・・・
と自分に語りかけた。
新しいモノを、新しい形を、自分しか為し得ないモノを、
自分しか理解できない・・だけど誰にも良さだけは伝わるモノを、作り上げたいと思ってる。
「男ってバカよね」
「そうですか?」
「そうよ。
意地っ張りで強欲で・・・
でも、子供っぽくて・・・」
「子供っぽいのは事実ですね、誰でも」
「あはは
アナタに言ってるんじゃないの。
独り言よ」
若いバーテンダーは、明らかにその女性より役不足。
しかし彼女は、彼をからかうでもなく必要以上に親しくするでもなく、
適度な距離をもって会話を楽しんでいるように見える。
バーで一人きりで飲む女性が、ここまでスマートなのは珍しい。
男だって一人きりでカッコ良く飲む人間は少ないのに・・・
と思いつつ、自分の姿を想像してみる。
・・・・やっぱり、単なる酒好きのオヤジ・・だな(^_^;)
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