「ステーキ」が「ビフテキ」と呼ばれていた事を知らない世代は、
中華街に有名なステーキハウスがあった事なんて知る由もないだろうが、
平成を迎えた頃までは、知る人ぞ知る有名な店として確かにその店は存在していた。
戦後のドサクサを経て、復興を遂げつつある時代。
中華街も中区の1/3がアメリカだった時代から、進駐軍や船員などを相手に急成長した。
朝鮮戦争が終了し、接収が解除されるに従い外人バーは姿を消したが、
中華街やそれを取りまく独特な飲食店等は、しっかり横浜らしさの形として生き続けたらしい。
その店の名は「ジャックス」。
ベースで働いていた店主が、軍人からもらったニックネームがジャックだったからついた名前だが、
米軍仕込みの料理法と独特なメニューは、戦後の復興を担う日本人と米軍関係者が
こぞって訪れるほど好評だったらしい。
石原慎太郎・裕次郎兄弟も常連だった・・と聞けば、
その人気と味の裏付けがされたようなものだろう。
善隣門と「ウィンドジャマー」の中間辺りあった「ジャックス」は、
私が顔を出すようになった頃は既にその勢いはなかったが、
かといって閑古鳥が鳴いているわけではなく、いつも客がいる安定した経営をしていた。
暗めの店内に入ると、ステーキの匂いが暴力的に襲い、
その瞬間「肉を食いに来たんだ・・」という気分を、目一杯盛り上げてくれる。
店の入口に近い所にはデカイ鉄の網がセットされ、そこでジャックがステーキを焼く姿が必ず目に入る。
その風景が見えるあたりがまた食欲をそそるのだが、そうやってキッチンを見せる店舗は
料理に自信がある証拠として、食通の心もガッチリ掴んできた・・・と想像できた。
ニューヨークカットステーキ(300g)シザリングサーロインステーキ(230g)
ハンバーグステーキ・・・
そしてステーキサンドやスッラピージョーまで揃うアメリカンスタイルの肉料理専門店。
だからこの店のステーキはチャコールグリルで焼くバーベキューで、
じっくりと火を通した肉は、適度に燻され適度に脂が落ちて、独特な美味しさがあるのだ。
「久々に『ジャックス』のステーキ、食べない?」
「あ〜いいねぇ。
ここのところ顔出してなかったし・・ね」
「潰れてないよねぇ・・・」
「大丈夫でしょ。 オヤジが元気なら」
バブルの煽りを食って地上げに遭い、ジャックが店を閉めた時はショックだった。
アメリカ人向けの料理もあまり出なくなり、ステーキもより豪華な鉄板焼きスタイルがもてはやされ、
彼の作る高価過ぎない、ちょっとワイルドなステーキはソレを乗り越える事ができなかったのだろう。
中華街のハズレにあった事が、独特な地域に存在する治外法権にも似た防御力を持たせなかった事も
「ジャックス」の存続を許さなかったのかも知れない。
ジャックは店舗閉鎖の話をなかなかしなかったため、私がその事実を知ったのは1週間前だった。
その日から店を閉める日まで毎日「ジャックス」に通って、
殆どのメニューを食べきったのは言うまでも無い。
「お〜、開いてた。
まだ潰れずに頑張ってるじゃん」
「良かった〜。
ここのステーキ、久しぶり〜」
「こんばんわ〜」
ジャックはたっぷり長い休みを取った後、
本牧の間門(まかど)に店舗を構えた・・・と手紙をくれていた。
それ以来、アメリカンスタイルのステーキを食べるなら間門!
という暗黙のルールが仲間内で確立したのは言うまでもない(爆)
「ジャックス」
045-621-4379
横浜市中区本牧間門43-14
17:00〜22:30
月曜休
ひょっとしたら1年以上顔を出していないが、久々に入った「ジャックス」は、
相変わらず清潔な店内と、変わらぬスタッフで我々を迎え入れてくれた。
ジャックもスタッフもかなりの高齢。
だから、いつ店を閉めてもおかしくない。
来る度に、まだやってるか?・・という疑問を抱き、
彼等の顔を見て、ヨシヨシ・・と安心する。
それはもう、一種の通過儀礼のようにさえ感じている事なのだ。
グリルで焼かれるステーキは余計な脂がドンドン落ち、目に見えて小さくなる・・
と感じる程、最初と出来上がりのサイズが変わる。
だから・・・と普通のステーキ屋で表示され重量表示を参考に考えて大きめなモノを頼むと、
出てきた時、別の意味で驚く事になる。
例えば「スモールサーロインステーキ」は2500円でグリーンサラダ・フレンチフライ・
オニオンソテー・ライスと食後にコーヒーが付くベーシックなメニューだが、その重量表示は150グラム。
普通の店で150グラムと言うと凄く小さく見えて、大人の食事としてはどう見ても足りない・・と
感じる事が多いのだが、ジャックスの場合はどう見てもデカイ・・としか感じない。
肉が薄めになる焼き上がりだから面積的には大きく見えるのだが、
それにしても・・と誰もが感じるはず。
多分、普通のレストランで表示されているのは焼く前の重さだろう・・・と邪推したくなるのは、
焼き上がりの重さでも150グラムを超えていそうに見えるここのステーキのせいだ。
使い込まれた鉄皿を焼き、
パチパチと脂が跳ねるような熱さでステーキが出される。
その脂の匂いとドカッとしたボリュームは昔のまま。
塩・胡椒に加えて少しだけ醤油を使ったソースがかかっていて、ちょっと塩味が強いとさえ感じるが、
脂の力強さには丁度良く、オニオンソテーと一緒に食べるとたまらない美味さだ。
「ココってさぁ・・・、シスコの『タッズステーキ』と同じ感じだよね」
「あぁ・・・、彼処もグリルだったね」
「こんな上品じゃないし量もバカヤローな感じだけど、
このちょっと固めでいてジューシーな焼き上がりって、グリルだから出るのかな」
「グリル焼きって言えば『ハングリータイガー』もそうだけど、
なんか、こういう感じの焼き上がりじゃないんだよな・・・・。
きっと脂を落とす加減が、絶妙なんだろうね。」
「じゃ、タッズのでっかいステーキみたいにNYカット(300グラム)に挑戦してみる?」
「とんでもない固まり・・・食べきる自信がお有りなら」
「無い無い(笑)
君に勧めてんでしょ?」
「焼く前の大きさ見ちゃってるから、絶対やだね」
「昔は1ポンド(450グラム)食べたクセに」
「焼き上がりが300グラムだったら、マジ、焼く前は1ポンドだと思うよ」
こんなステーキが中華街にあったという事実は、今の中華街では知る術も無い。
中華料理を目指す客にとっては、アメリカンスタイルのステーキはどうでも良いかも知れない。
でも、「ジャックス」でステーキやハンバーグを食べてから食後酒を「ウィンドジャマー」辺りで
楽しむ贅沢は、存在して欲しいモノであり一つの立派なコースだと思っている。
常連&ファンだけが集うのも良いが、横浜の歴史とスタイルを伝える店として、
もう一度中華街へ返り咲いて欲しいものだ。
炭火焼 ジャックス レストラン
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