腹が減ったから何か出前を・・・・とメニューを見る。
が、毎晩当たり前のように頼むから、そこにあるメニューは殆ど暗記できるほど何度も見ていて、
今更何をオーダーすれば良いか・・が解らない。
「焼肉も食べ飽きたし、カツもなぁ・・・」
「中華にでもしますか?」
「蕎麦屋よりはいいかなぁ・・・そうしよっか」
「で、何頼みます?
19時までに頼まないと持ってきてくれませんよ」
「う・・・・ん」
「見ます? メニュー」
「覚えちゃってるからねぇ・・・
でも、見てれば決まるかなぁ・・・
うん?
この『キャベツ丼』って食べた事ある?」
「ないっすよ。」
「あれぇ・・・ノーマークだったなぁ。
しかし「キャベツ丼」って、キャベツだけが丼にのってる・・・なんて事は無い・・・よな?」
「わかんないっすよ。 食べた事ないんすから。
でも、間違いなく丼ご飯の上にキャベツだけはのってますね」
「あのな・・・・」
「先輩、ここは一つ・・・」
「頼めってか?」
「炒飯と同じ値段ですから、それ以外にも何かのってますって」
「お前が頼めば?」
「私は今日は、絶対ここの焼き肉定食を食べるって決めてるんです。」
「何だよ、焼肉屋の弁当の方がよかったか?」
「違いますよ。
中華料理屋の作る焼肉定食って独特じゃないすか。
ソッチが食いたいって、昼からずっと思ってたんすよ」
「俺はキャベツかい?」
「健康のために油物避けるって言ってたじゃないっすか。」
「やけに、拘るなぁ・・キャベツに。
わかったよ、頼んでみるよ」
「じゃ、頼んじゃいます」
しかし、想像がつかない。
どう考えても、メニューに載せるネーミングではないとさえ思う。
中華丼や天津丼に混じってキャベツ丼はメニューにあるのだから、
当然何かの料理がご飯の上にのっていると考えるべきだが、
中華料理屋でキャベツを使う料理・・・と考えてもピンと来ないのだ。
千切りキャベツに何かのソースをかけたもの?
野菜炒めならぬキャベツ炒めがのっている?
どう考えても、キャベツが主役となる料理は想像できやしない。
「お待ちどうさま〜」といつものオヤジが料理を持ってきてくれた。
オカモチから出てくる丼を注視していると・・・・
何だこれ?
この黒っぽい料理は何んだ??
丼の上には山ほどの千切りキャベツがあったのではなく、
焦げ茶色したドロドロのソースにキャベツがどっちゃりと入った不思議な物が、
丼の上にゴッソリとのっていたのだ。
「おっちゃん!
コレ何?」
「キャベツ丼」
「どこがキャベツよ??」
「たくさんキャベツ入ってんでしょ?」
「っつ〜か、キャベツ以外にも野菜やら肉やら入ってるじゃん」
「あぁ、これって『回鍋肉』って料理なんよ。
豚肉とキャベツをメインに甜面醤(テンメンジャン)使って作るんだ」
「てんめん・・」
「あぁ、甘ミソな。
色は悪いけどキャベツの甘みもあって美味しいよ」
「『回鍋肉丼』とかにすればいいじゃん。
キャベツ丼じゃ、想像できないよ、こんなの。」
「『回鍋肉』って言っても、知ってる人間はほとんどいないのさ。
お店でお客さんが、『あの、キャベツの入ったの〜』とか頼むからさ、
ウチじゃ、『キャベツ』って言えば『回鍋肉』の事を指すようになったのさ」
それはもう20年以上も前の事。
中華街とは遠く離れた職場で働いていた私は、
夜の食事を職場でとらなくてはいけない時、出前に頼るのが日課になっていた。
そんなある日に出会った回鍋肉は、「CookDo」あたりが知名度を上げるまではメジャーではなかったが、
その甘さの中に潜む旨味とぶつ切りキャベツの食感にすうかりやられて、
他の中華料理店でも無理言って作ってもらうようにさえなってしまう・・・(^_^;)
しかし、この料理には欠点があった。
恐ろしく油っこいのだ。
だから、見るだけで身体に悪そうに思えて、
いつしかそんな拘りを忘れてしまったのは当然の帰着だと思っている。
「梅蘭焼きそば食べたいゾっと」
「読んだな?」
「読んだら、食べたいゾっっと」
「んじゃ、店が閉まる前に中華街に辿り着けよ」
「頑張る・・・・」
「両面黄」を紹介してから、この店で食べたがる友人は増えた。
休日の夜遅くに中華街で食べるのは、料理人が力尽きる寸前でオススメできないのだが、
あのへんてこな焼きそばが食べられるのは「梅蘭」しかない。
「『梅蘭焼きそば』以外に何食べたい?」
「『海老チリ』か『海老マヨ』、『酢豚』もいいな・・・・」
「あのさ、せっかく中華街に来たんだから、もうちょっと珍しい物にしない?」
「そ・・・だね。
んじゃこの『豚肉とキャベツの炒め物』と『酸辣湯』・・・」
豚肉とキャベツの炒めだぁ??
それってもしかして・・・・・とメニューを見直すと「回鍋肉」と書いてあるではないか。
懐かしいなぁ・・・と思った瞬間、
昔好んで食べた回鍋肉を、中華街では殆ど食べていない事に気がついた。
こりゃ、食べるしかないじゃん(^_^)
「梅蘭焼きそば」は、焼きが甘くて中の具が多すぎる。
「酸辣湯」は、エビチリソースをスープでのばしたような感じがする。
やはり・・というべき事態ではあるが、日曜のラストオーダー前に飛び込む愚挙を笑うべきで、
文句を言う気分にならないレベルで調理されている事を幸せと感じながら頂いた。
「梅蘭」は上海料理の店なのだが、何故か唐辛子をよく使う。
「酸辣湯」もその方式に則っていて、かなり辛目の味付けになっているが、
本来の辛さを演出する胡椒が無いので、違う料理として受け取る事にした。
で、その辛さがどう「回鍋肉」にアクセントをつけるだろうか・・・と思っているところに、
何年ぶりかのソレが登場したのだ。
甜面醤独特の色は焦げ茶色で、記憶に残る「回鍋肉」ほどキャベツの姿は無いが、
生姜や葱等を上手に使って甜面醤の独走をしっかり押さえて仕上がっている。
そして、鷹の爪の多目に使われているから、実にビールが美味しい事(^_^)
料理の味は、必ずしもその日の出来だけで決まるモノじゃないらしい。
記憶の中に存在した味は、その頃の自分を蘇らせ、
その頃の感覚をも引きずり出して、調味料として作用する。
友人にとっては普通の「回鍋肉」だったかもしれないが、
私にとっては格別な「回鍋肉」に感じられた事が、それを裏付ける。
よし、決めた。
今度はどっかで「キャベツ丼」を作らせよう(^_^;)
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