「いやぁ・・いきなり昇進して給料倍になっちゃったよ」
「俺なんか、いきなりクビだぜ」
「今朝、スタバでコーヒー飲んでたら、横にキムタクと松たか子が座ってて驚いたよ」
「アタシなんかねぇ、目の前で部長がすっこけたの見ちゃって、
しかもその拍子にカツラがぶっ飛んじゃって、何も言えずに頭だけ下げて逃げてきたの」
何故こう・・・、もっと洒落た嘘がつけないんだろうね。
隠したい事は、嘘をちりばめてでも隠し通すヤツが多いのに、
今一歩感心できる嘘を聞かされた事はない。
エイプリルフールはいつも楽しみにしていながら、
年度始めの日でバタバタと過ごして必ず忘れてしまうから、
こうやって酔っぱらいの戯言にすぎない嘘を言い合うだけで終わってしまうのが常だ。
でも、罪のない嘘がつけるのは、余裕がある証拠なんじゃないだろうか?
自分を振り返れば考える事は仕事の事ばかりで、その中で強引に嘘をつけば
ミスとしてしか捉えてもらえない・・・。
じゃぁ、プライベートは・・・と考えると、食って飲む事ばかり考えていて・・・
そこに洒落た化かし合いなんて遊びは食い込む余地もない。
じゃぁ、恋愛関係や趣味仲間とは・・・と思うが、
そこまで浮いた話も無ければ、趣味を分かち合う時間も無い・・と。
「この前さ、俺のVマックスにニトロを積んだんだよ」
「バッカでぇ~
マトモに走るのかよ」
「スッゴイぜ~。
コックを捻ってからちょっとすると景色が溶けるように加速するんだ」
「フレームよれるだろ?」
「たぶんな。
でも、感じてる余裕がないな」
「想像できないな」
「乗ってみるか?今度?」
「どっかに刺さるだけだから遠慮しとくよ」
「でさ、俺知らなかったんだけどさ。
あのニトロって、笑気ガスなんだよ。」
「何だそりゃ?」
「ほら、麻酔に使う意識を飛ばしちゃうガスなんだよ」
「へ~
でも、そんな物が燃えるのか?」
「俺も信じられないんだけど、
吸うと意識を無くすから気をつけるようにってショップで言われてさ・・・」
「そうなんだ・・
俺のバイクは相変わらずクラッチ滑ってためだよ・・・」
「ご愁傷様。
でな、昨日も楽しいんでついついコックを捻って遊んでたらさ、
何だか景色がピンク色に見えるんだよ。
どうもガスが漏れて吸っちゃうみたいなんだな・・・」
「オイオイ、意識無くして死んじゃうぜ?」
「そうなんだけどさ、妙にこう・・・気持良いんだな。
昔懐かしの何とか遊びみたいで、笑い出すと止まらなくなるんだよ。
笑気ガスって言うくらいだからマジ、オカシクなるっちゅ~か」
「はぁ・・・」
「でさ、そのガスなんだけどさ、20本パックで買うと安いんだよ。
単価にして半額近い感じなんだな。
だからさ、お前もバイクにニトロ積むって事で、共同買いしないか?」
「今だってクラッチ滑るのにさ・・・」
「んじゃ、歯医者に頼んで共同買いするしかないか・・・」
「本当に麻酔用のガスなのかよ」
「あのさ・・・
お前が真面目だって事はよ~っく知ってるけどさ・・・」
突然掛かってきた電話の受け答えをしていて、やっと気がついた。
どうやら引っかかったらしい。
「もしかして・・・」
「最近、お前暗いからさ。
笑えるガスでも吸いながら走ったら良いかと思って、電話したんだよ。」
「どこまで嘘なんだよ~?」
「日本でニトロって言う名で売ってるヤツは、本当に笑気ガスだってお前も知ってるだろ?
だから、ひっかかると思ったんだけどもう・・・思いっ切り信じたな」
「いや、確かに・・・
笑いながらピンクの世界を走れるって面白いかなって思ったぜ」
「あれ?
オイオイ、マジ気がつけよ」
「えっ?」
「Vマックスにニトロなんて積んでないんだよ」
罪の無い嘘も、現実的にやっちゃいそうなヤツが事実を振りまくと本物に見える。
現実から抜け出したい気持に上手くヒットした嘘は、勝手に現実感を纏って聞こえてしまったのだ。
「疲れ過ぎだよ。
たまには、会社休んで走ろうぜ」
「そうだな。
そうでもしないと、夏が来ちまいそうだ」
ふっと見れば、7分咲きの桜。
少しだけ気分が和んだ夜だった。
|