サイト内検索
AND OR
Photo Essay
Text Essay
Desktop Gallery
Guestbook
Malt Crazy
道楽もほどほどに
日記的雑感
 
 

45

「俺さ・・・
 誕生日って嫌いなんだよ」

「何故?」

「生まれてきちゃいけなかったんだって思う強迫観念があってさ、
 また一年生き延びちゃったなって思うからだよ」

「どうして?」

「小さい時、そう感じる出来事がたくさんあったんだよ」

「母子家庭で育った事?」

「そうだけど、そうじゃない。
 要は、母親との関係なんだけどね」

「私は、今生きている事に感謝して、生んでくれた母親に感謝する日にしてる。」

「君だって俺と同じ様に育ったんだから、辛い日々を過ごしてきたんじゃない?」

「悲しい事はいっぱいあったけど、でも今は・・・
 いや、今も大変なんだけど、ちゃんと生きていられるから感謝できるのよ」


自分さえいなければ親が幸せになれる
この子さえいなければ幸せになれる・・・・

そんな想いが交錯した時、私は身体の左半分を水中に沈めたまま呼吸ができなくなっていた。

何故、そんな状態なのか・・・は、解らない。

右目で用水路の土手で見つめる母親を見つめ、
左目で濁った水中を見つめた時、
それは正に、生と死の情景を両目で同時に見ているように感じる。


それはまだ私が幼かった頃の事。

夫と別れたばかりの母親は、これからの人生に自信がなかったのだろうが、
それでも毎日、必死に生きる日々を私と過ごしていた。

だが、一人きりで子持ち女が生きるのには、時代が厳し過ぎたのは事実だ。

マトモな仕事も恋愛も無理・・・と諦めなくてはいけない現実を前に、
彼女が自由を奪う対象として私を見てもしかたないだろう。

「コブつきじゃ誰も相手にしてくれない」と毒づいたり、
何か粗相をすれば痣ができるほど叩く事で、自分を慰めていた母を思い出す。


しかし、だからと言っても、
私は、母親を恨む事はできなかった。

ただただ不憫に思えただけだ。

そして「何故自分は生まれてきてしまったのだろう」と思い、生まれてきた事を憎んだが、
自分だけが母親の味方になれる・・・とも考えて、早く大きくなりたいと強く願う毎日だった。


そして台風が来た日、
「用水路は危ないから近付かないように・・」といつもきつく言う母親は、
その日に限って何故か、かさの増した用水路に私を連れだした・・・・


「思い出すんだよ・・・どうしても。
 あの日見た生と死の狭間と、たぶん死にかけたという現実と、
 喪失してしまった恐怖感・・・のような大きな黒い固まり・・・」

「命に関わる事だから、大きく心に残るのはわかるよ。
 でも、過ぎ去った事でしょ?
 そして今、貴方はちゃんと生きているわ。
 たぶん貴方は、自分の辛さを誰もわかりはしない・・と思ってるんじゃない?」

「思っていた・・・よ。
 でも、誰かを好きになれる事に気づいた時、感情も分かち合えるって気がついた。
 誰かが傍にいて、ちゃんと愛してちゃんと愛されていれば大丈夫なんだけど・・・」

「貴方のそばには、私がちゃんといるから、安心して。」

「ありがと
 わかってる
 感謝してるよ」

「貴方は、誰かにちゃんと愛されたくて、そして母親からも普通に愛されたくて、
 でも、そう思う気持ちを封じ込めて、スッゴイ遠回りをして生きてきたでしょ?」

「よくわからないな・・・」

「誰かが、自分の方を向いているって現実が好きなのは、
 愛しているのに愛されている事に気付けない自分への苛立ちなのよ。」

「さみしいんだよ」

「大丈夫。
 私は、貴方に生きていて欲しい。
 私がそう思っているから、寂しがらないで・・・ね」

「基本的に、誰に対しても愛情を持ってあたりたいんだ。
 だけど、見返りを期待しない好意を信じられない人も多くて・・・」

「誰かに振り向いてもらいたいから、
 いっぱい気を使いすぎて疲れるんでしょ?」

「そう・・・かな
 でも、振り向いてもらうためじゃない・・よ。
 自分の生き方として・・・いや、もっとハッキリ言えば自分のために、
 他人を愛そうとするだけさ。」

「そうしないと、自分を救えない・・・の?」

「う・・・ん。
 そうしないと、冷たい自分が勝ってしまうようで、恐いのさ」

「大丈夫よ。
 貴方は優しい人よ」

「そうだったら、嬉しいな・・・」


今生きている事は、この世に生んでくれた人がいるから成り立っているんだ・・と言われて、
何の為に生きているのか解らなかった自分が壊れたて救われたのは、もう随分前の事。

それ以来、自分にも他人にも平等に優しくなれたのを思い出す。


45歳を迎えた今日。

知り合いの婚礼を撮影して過ごしたが、
お祝いの宴で誕生プレゼントを頂いて感激した。

一生に一度の晴れ舞台なのに、45回も来てしまった誕生日のために気遣いがされたのは、
彼等の持つ独特の暖かさの中から自然に出た好意なのだ・・・と素直に喜べた。


今でもきっと、一人きりで誕生日を迎えたら思い出す。

でも、不思議な事に、この日には誰かが必ず祝ってくれるから、
そんな心の傷を実感を持って蘇らさずに済んでいる。

そして、だからこそ余計に、
生きてきて良かった・・と思え、幸せだ・・と感じられるのだ。


人生は、楽しまなくちゃ損だと思う。
たくさんの人と出会った方が、面白いと思う。

そしてこれからも、そうやって生きていこうと思っている。

 
 
サイト内の画像・テキスト等の無断利用・転載は禁じます。
Hisashi Wakao, a member of KENTAUROS all rights reserved. / Web design Shigeyuki Nakama
某若夢話は横浜飛天双○能を応援しています。