仕事をしていると、どうしようもなく悲しい事がある。
そして今日は、そんな仕事を一つこなしてきた。
それが嫌なら自ら職を辞すしかない状況は解っているが、
そう動く様な無責任で自分勝手事ができない性分も解っている。
だから、気にしないで仕事だと割り切って、心も動かさないように・・・と黙り込むのだが、
その分のストレスが首を絞めて自らを責め立てた。
「マスター このCDかけてくれない?」
「はい。 何ですか?」
「ジャズなんだけどさ。 ちょっと良いんだよ」
「日本人ですか?
綾戸智絵?? 知らないっすね」
「いいからかけてみてよ。
この店には絶対合うから」
アヤド・・・チエ?
あぁ、あの関西弁の・・・
凄いシンガーだと思うけど、CDなんて聴いた事ないなぁ・・・
行きつけのバーで良く流れるのは、どっかジャズっぽいポップスが多い。
だからその客もCDを持ってきたのだろう。
子持ちで奮闘する実力派の彼女は、
確か4年前にテレ東の「ドキュメンタリー人間劇場」に出演したはずだ。
出たトコ勝負の生き方を類い希なる実力で実践してきた彼女の歌は、
こんなへこたれた夜に相応しい。
「ベスト版があったから買ってきたんだけど、
『 Over the rainbow』と『夜空ノムコウ』を聴かせてよ」
「え? 夜空の・・・・って?」
「スガシカオの曲だよ」
「それは知ってますよ、スマップの曲ですよね?」
「アレをどうやって歌うか興味あって買ってきたのさ。
それと『Tennessee waltz』もね」
英語での喋りから始まった「Over the rainbow」は、
ジャズと言うよりゴスペルに近い歌い方で始まった。
凄い・・・
としか表現できない。
JBLのスピーカーがいつもより饒舌で力強く鳴り、
本物だけが持つ空気を鮮やかに再現した。
そして「夜空ノムコウ」は・・・
メロディーラインは確かにシガスカオだが、彼女らしいタメのある歌い方が、
英語で歌われる事もあってかまったく別物の旋律を作り上げていて・・・・
ワケも解らずに引きずり込まれた。
上質で本物だけが持つ空気に満ちたバーでは、一曲終わる度に拍手が起こる。
酔っぱらい達は、あまりの凄さについ手を叩いてしまうのだ。
「マスター! このCD常備ね!」
「いやぁ・・言われなくても」
「これはライブで聴いてみたいね〜」
綾戸智絵は、最近CXで映画評論のコーナーを持っていて、さりげなく見ていたりした。
映画にまつわる歌を一曲弾き語りし、独特の関西弁で評論するのが面白いと思っていた。
その時聴く彼女の歌は、テレビだ・・という事でここまでのビートを得られはしなかったが、
それでも非凡さと素晴らしさだけは心得ていたつもりだった。
が、こんなにビートを持っているなんて知らなかったのだ。
そのコーナーで歌った「Tennessee waltz」の素晴らしさと独自性を記憶していたから、
あらためてCDで聴くソレを楽しみにしていたら・・・・
またまたぶっ飛んだ。
気がついたらすっかりCDを聴かせてもらい、
滅茶苦茶へこたれていた気分がすっかり失せていた。
こんな晩も、あるんだね・・・
|