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Malt Crazy
道楽もほどほどに
日記的雑感
 
 

役者が違う

「昔『お笑い』やってたんですけどぉ、全然うけないんで挫折してぇ
 今はこんなプロデューサーみたいな事やってるんですよ」

「へぇ、お笑いですか」

「そんな感じじゃないですか?」

「そう言われれば・・・・」

「で、現在のお仕事は主にどんな物を?」

「やっぱりラジオ関係が多いですね」


妙に発声が良いと思った。
やっぱり業界の人間のようだ。

ラジオか・・・
良い声だが惹かれる声ではないな・・・
アナウンサーかな?


「ねぇ、どうしたの?」

「お、悪い悪い、隣の3人組、ちょっと面白くてさ」

「やっぱり?
 私もつい、聞いてた」


隣のテーブルから聞こえてきた話が、少し違和感を伴って耳についた。
こっちはテレビ屋とライター。

久々の再会を楽しみながらの食事に、余計なイベントは邪魔になるが、
二人ともこういうのは聞き逃さない。
記憶の引き出し中にしまうサンプルは、多い方が良いに決まってるからだ。


「最近、オーディッションとかは出られてます?」

「不景気な事もあってか、あまり声はかからないんですよ。
 でも、結構忙しいので問題ないですよ」

「週のうちどれくらいですか?」

「毎日・・・まではいかないですが、明日も苗場なんです。」

「これからですか?」

「朝一の電車で行きます」
 

暗い店内だから、彼女の顔はよく確認できない。
しかし大きな襟のブラウスをジャケットの上に出し、ボトムはパンツでカッチリと見せているのは解る。
どっかの衣料メーカー名が入った紙袋が彼女の横のイスに置かれていた。
その大きさが「この話の後は真っ直ぐ帰る」と語っているようにも見える。

その彼女に対するのは、髪を立てたお笑い出身者と今時珍しい七三分けに赤いフリースの若造。
業界人にしてはあか抜ず、かといって普通のサラリーマンにも見えない。


「彼女さぁ、あんまりテレビ向きじゃないよね」

「そうね、でもアレくらいの素材なら、メイクでどうにかなるわよ」

「そんなもん?」

「そうよ〜、良く知ってるでしょ?
 ノーメイクで別人の人達・・・」


確かにテレビに出演する人達は、恐ろしい程メイクが上手い。
それにメイクする職人は輪をかけて凄腕だ。

しかし、よく顔を見えないような暗い店で、飯&酒を交えての仕事の話じゃ、
まともな連中ではないんだろうし、ろくな仕事でもないだろう。


「プロデューサーってさ、自分で『プロデューサーっぽい仕事して』なんて言わないよね」

「そりゃそうさ。 そう言うのは、営業が嫌いなのに営業やらされてるヤツが、
 自分の職種を認めたくないために使う、自己弁護みたいなもんさ。」

「つまりお笑い君は、コッチの女性を仕事で使いたい営業マンで、
 実際に制作の仕事なんてした事は皆無って事?」

「そうさ。 仮にコイツらが仕事をしている連中だったら、こんな暗い店で会ったりしない。
 これじゃ、彼女の声も性格も見極められないじゃん。
 俺がP(プロデューサー)だったら絶対1対1で会うし、こんな無駄な接待まがいはしないだろうね。」

「タレントに憧れる若造の合コンみたいね」

「確かに」


打合せと言うより、何かを売りつけるような営業に見える。
しかしそれにしては、色々な物を食べ飲みつつ楽しげで、取り留めのない会話が続く。
敢えて言えば、接待・・・か。

で、この奇妙な3人組がどういう目的でこの店に来たのか、少なからず興味が湧いた。


「私、馬が好きで、毎週1回は乗馬のレッスンを受けてるんです。」

「馬、乗るんですか?」

「えぇ、だからそっち関係の仕事もやってます」


乗馬をやる・・・だぁ?
遠回しに、この店の砕けた雰囲気は嫌いだ・・と言ってるのか?
だとしたら、コイツかなりしたたかだぞ・・・・

乗馬なんて普通の人間はやるものじゃない。
当然の如く二人の若造も、突っ込みが入れられなくなった。

「有効!」と言いたくなるが、彼女の顔はスキの無い笑顔は
こっちから見ても真偽のほどがわからない色を浮かべている。


「どう思う?」

「したたかなだけ・・と思うけど、乗馬ったってどこでやるかが問題でしょ?」

「そりゃそうだ。 三ツ境には『アシェンダ』って乗馬ができる場所もあるし、
 必ずしも高級な趣味と短絡的に考える事はないか」

「いわゆるお金持ちの道楽で仕事してるのなら、あんなに料理の整理をするとは思えない」


彼女は、あまり食べようとしない野郎二人に食事を勧め、
自分もしっかり食べつつ談笑している。

まぁ、自分を飾る趣味の一つとして知っている事は多い方が、
業界で生きるのに有利なのは当然か・・・・

途切れ途切れに聞こえる会話に、どんな意味があってのセッティングだかを知る術はなく、
彼女の自己主張と防御壁を感じられるトークが、アンバランスなパーティーを飾っていた。


さすがの彼等もこの暗い店では何の進展もないと思ったのか、河岸を換えようと考えたようだ。
「それでは・・」との声をかけ、一刻も早くこの店を出ようといった感じで立ち上がった。

そして彼等はさっさと席を離れ、荷物の多い彼女だけが取り残されそうになる。

勿論男達は、支払いを先に自分達で済まそう・・・と焦ったのだろうが、
こんな時取り残される人間が、良い気持になれるワケも無い。

その時、我々のテーブルに信じられない物が降ってきた。


ガシャーン
という派手な音と共に、石でできた重い器が宙を舞う。

と同時に、器の中身が飛び散った。

彼女が、彼等に勘定を払わせまいとしたのかも知れない。
とにかく慌てて出口に向かおうとして、テーブル脇に立っていた電気スタンドを倒したのだ。

自分の方には大した被害が無かったが、友人は革のコートをイスに掛けている。
濡れてシミになったら彼女の弁償額は大した物になりかねない・・・


「申し訳ありません。
 大丈夫でしたか?
 お怪我はありませんか?」


さっきまで、テレビ向きじゃない・・と思っていた彼女が瞬時に、
素晴らしい笑顔のまま申し訳なさそうな表情を作って謝っていた。

その表情の変化を見ていてゾッとする。

コイツ、やっぱりプロなんだ・・・
全部計算して、自分を作っていたんだ・・・

 
 
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