しまいにゃ、怒るゾ

「あの・・・、相談があるんですけど」

「何だ？
　紹介できる女は居ないし、貸せる金もないぞ」

「最初っからそう言ったら、身も蓋もないじゃないですか」

「だって事実だろ？
　無い袖は振れないんだよ」

「あの・・・」

「だから何だよ？」

「どうやったら女の子に好かれるんでしょうね？」

「はぁ？？」

こっちが知りたいよ・・・と思った。

ヤツは俺より8つ下。
一部上場企業で働く事務屋で、背も高く顔もまあまあの男だ。

もちろん年収は俺より高く何不自由なく生きているのだが、
何故かステディな彼女がいた事がない。

「この前再会した学校の後輩とデートしたんだろ？
　上手くいってるって言ってたじゃねぇか」

「なんか、最初はうまくいってた感じなんですけど、
　いざ、本題に入ろうとすると上手く逃げられちゃってダメなんです。」

「俺から見ても、30代前半の女性だったら、お前の条件を逃すとは思えないんだけどなぁ・・。
　何か嫌われるような事してないか？　
　突然、欲望剥き出しにして迫る・・・とか？？」

「そんな事しませんよ・・・・でも・・」

「でも？
　・・・でも？って、何かあったな？？」

「わけ解らないんですけど『もう誘わないでくれ』って言われたんです」

「ちょっと、ちゃんと話してみ？」

「先週末なんですけど、彼女を恵比寿に誘ったんですよ。」

ヤツは、恵比寿駅東口に15時と彼女に伝えている。
当然根っからマジメ人間な彼は、30分も前から駅についていた。

彼女は小さいながらも有望な広告代理店に勤めているらしいが、
有能さが災いして仕事漬けの日々を送ってきたらしい。

そんな日々を想像できる位の遅刻は彼にとって気にならない。
何故なら、絶対遅刻できない仕事として会うわけではないからだ。

「彼女、前日殆ど寝ないで仕事してたらしく、
　会った時から少し眠そうだったんですよ」

「しょうがないよなぁ、そういう仕事だし。
　でも、楽しみにしてたんだろ？　彼女？？」

「凄く嬉しそうだったんですよ。
　『貴方は絶対私を待たさない』って喜んでました」

「でも3時ったら微妙に中途半端な時間だな・・・」

「15分彼女が遅れたので、ちょっと夕方っぽい感じでした。」

「そうじゃなくて、デートに誘うには中途半端な時間だろ？って言ってるんだよ」

「食事をする前に行きたい所があったんですよ。」

「ほぉ・・・」

「恵比寿には『東京写真美術館』があるんです」

「電車好き高じて写真マニアでもあるお前らしいな。
　で、どんな所だった？」

「いやぁ実はですねぇ・・・
　『くろがねの勇者たち』っていう写真展やってて、ソレが見たかったんですよ」

「おい・・・もしかしてそれって・・・・？」

「蒸気機関車の写真展なんですけど、アメリカのSL写真なんかもあってヨダレ物です」

スーツを買うよりレア物の鉄道模型を買ってしまうヤツは、
珍しい列車が走ると聞けばキャノンのF1にモードラをつけて撮りに行く程のマニア。
走ってくる列車に望遠でピントを合わす技は大した物で、
「オートフォーカスのEOSなんて邪道だ」と言ってはばからない。

「あのさ・・・
　彼女はどうしてた？」

「写真見てました」

「そうじゃなくて、楽しそうだったか？」

「いやぁ・・・、写真ばっかり見てて、よくわかりません」

「SLの写真だけじゃ、そんなに時間つぶせないだろ？」

「その後『恵比寿麦酒記念館』に行きました。」

「サッポロ本社ビルの？」

「そうです。
　あそこ無料なんで・・・・
　彼女ビール好きですし」

「でさ・・・
　彼女、楽しんでた？」

「普通でした」

「会った時は彼女は楽しそうだったのに、
　その後普通になってしまったのが変だと思わなかったか？」

「いつも、そんな感じなんですよ、彼女」

違う・・・
お前は根本的に間違ってる・・・・

「で、食事はどうした？」

「『恵比寿麦酒記念館』もすぐ見ちゃったんで、『パパスカフェ』へ行ったんです。」

　＊パパスカフェ：カフェ　03-5423-0884　渋谷区恵比寿4-20-7

「何時頃？」

「もう5時は過ぎてましたね」

「外で？」

「丁度席が空いてたので。
　それでコーヒー飲んで、今日見た写真の話をして・・・」

「で？」

「お腹が空いたので・・・」

「？」

「『ちょろり』へ行ったんです。」

「何？」

「地元で有名なラーメン屋なんですけど・・・」

＊ちょろり：ラーメン屋　03-3444-7387　渋谷区恵比寿4-22-11

「彼女、怒ってなかった？」

「え・・と・・・何か仕事の『入り』を気にして時計見てました」

「で？？」

「食べ終わったら、彼女は仕事に戻りました。」

「で、次に電話をした時『もう誘わないでくれ』と言われたわけだ」

「何にも悪い事してないんですけど・・・」

「悪い事だらけだよ、それじゃ」

「どうしてですか？？？」

誰かコイツに意見してやってくれ。

週末の恵比寿ガーデンプレイスに午後3時過ぎでデートだったら、
普通どんな女の子でも色々期待と覚悟を持って臨むはず。

映画でも見て、レストランで食事して、食後にお酒でも飲んで、
歩きたくなくなったらホテルもあって・・・・と、実に何でも揃う素敵な場所なのだ。

まして二人とも結婚を意識する年齢であり、ちゃんとした職につき何不自由なく生きている。
だから、大人同士のデートとしてはフルコース＆朝まで一緒でもおかしくない。

「ロブション」でディナーとは言わないまでもイタリアンもフレンチも和食も揃う場所で、
よりによって一杯1000円にも満たないラーメンじゃ、期待が大きければ大きいほどがっかりするだろう。

「あのさ、お前、どうして女に好かれたいって思うんだ？」

「そりゃ・・・・」

「何故、そこで言葉に詰まる？？」

「え・・・と」

「お前さ、あまり親友とかもいないだろ？」

「・・・えぇ」

「そうだよな・・・、そう思うよ」

「どうしてですか？」

「お前ってさ、男であれ女であれ、一緒にいる人間を見てないだろ」

「そんな事ないですよ・・・・何故ですか？」

「あのな、１対１で付き合ってる場合な、
　相手が何をされたら喜ぶかって想像する事が大事なんだよ。」

「だから、女の子が喜びそうな場所選んで・・・・」

「あのな！　場所の問題じゃねぇんだよ。
　時刻表通りに走ってくる電車とは違うんだ、人間は！
　雑誌の受け売りで、ココが喜ばれるとか知ってても、誰でも喜ぶワケじゃないんだ。
　いいか！『行動』には『欲求』と『意味』があって、
　それらは同じ方向を向かなきゃ一緒に居る事だってできねぇんだよ！」

「彼女が喜ぶ事がわからないんです」

「だからさ・・・・
　解らなかったら、解るまで話をすればいいだろ？
　彼女はどんな時『幸せ』を感じるのか、どんな時『楽しい』と思うのか、
　どんな時『嬉しい』と思えるのか、全部聞き出せばいいだろ？」

「彼女に合わせなきゃだめでしょうか？」

「さっきも言ったろ？
　同じ方向を向かなきゃ、二人で同じ道を歩けない！って。
　お互いを理解できてはじめて、他人以上の関係になれるんだよ。」

彼は、生粋の鉄道マニア。
鉄道車両の事なら何でも知っている。
複雑なダイヤも完璧に暗記して、部屋にはどっかのバス停まで置いてある。

そんな生き方も有りな日本は、どっか平和ボケした幸せな国だ。