「機材、片付けました」
「お疲れ。 運転は俺がするよ。
客乗せるから、相手してな」
「え・・とスポンサーですか?」
「女じゃねぇ〜よ。
淋しそうな顔すんなよ」
「へ〜い」
若い頃、カメラマンのアシスタント(と言う名の下働き)をしていた時、
私を使ってくれた親方もまた、一匹狼の駆けだしだった。
車が好きな人だったから、かなり遠方のロケでも車。
ギャラが安いから、二人して車で寝るのも当たり前。
でも、お互い若さがあったから、それなりに楽しい仕事ではあった。
「知ってる〜?
ここに来たら必ずこの店に来んだけどさぁ
ここのモツ煮込みが美味いんだよ〜」
「モツ煮込み!
美味そうですねぇ!」
「オッ、若けぇのにモツ煮込みなんて喰ってんのか?
誰が教えた?
お前んとこのボスか?」
「安くて美味しいじゃないですか。
やっぱり体力要りますから、そういう物食べないとダメっすよ」
「だよな〜
よ〜し、じゃ、今日はイッパイ喰っていいぞ〜」
クライアントが選んだ店は、U字型のカウンターがあるだけのホルモン屋。
店の人は、器用に前後を振り向きながら給仕する。
こういう場合、親方が飲まないわけにいかないので、
私はアルコールを採らずにひたすらサービスに回るわけだ。
正直言ってその当時、ホルモン焼きという物を食べた事は殆ど無かった。
「ぞうきん」と呼ばれる「センマイ」を友人の母親にご馳走してもらった位で、
「モツ煮込み」も名前しか知らない物。
だけど、こっちの役目は幇間(タイコ持ち)、適当に話を合わせるのは基本だ。
肉を日常的に食べるなんて考えられない時代。
安いモツを食べる・・という事を発想できない親に育てられたから、
モツと言われてもその物を想像するだけの知識も無かった。
だから、凄く興味が沸いていた。
モツ・・・臓物・・・レバーは食べた事があるけど、それ以外知らないなぁ・・・
煮込み・・・要は煮込んだ汁物、モツ以外に何か入ってるのかなぁ・・・
「さぁ、食べてみろ。
ここのはモツの臭みも無いし、味噌の加減も素晴らしい。
お前が喰ってきた物より絶対美味いと思うぞ〜」
「はい! 頂きます」
「何だ、飲まないのか?」
「はぁ、運転がありますので!」
「そうか、オイ!いい運転手だなぁ!」
頼むよ〜、ドライバーじゃないんだよ〜俺は。
と、毒づくのもバカらしい。
所詮は酔っぱらい。
言いたい事を言わせて、気持ちよくなってくれれば良い事だ。
しかし、この得体の知れない物体は何の何処の部分なんだろう・・・か?
長葱の良い香りと適度な辛さの味噌。
七味を振るとその汁の美味しさが増す。
しかし、どう見ても肌色の掃除機のホースのような物は、
食欲が湧いてくる要素が無いものだった・・・。
まぁいいや・・・と口にする。
噛み切れない?
ゴムのような弾力が何時までも続き、
最初は美味しく感じていた味も素っ気なくなる。
出すわけにもいかないし、
何時までも口を動かしていたら食べてない事もバレてしまう。
で、飲み込んでみた。
大きすぎる固まりは喉に引っかかり、瞬間吐き出しそうになる。
しかし、美味しい・・という顔をしなくてはいけない。
ニッコリ笑いながら、目尻に涙が滲んできた。
「・・・おい、辛かったら、トイレ行ってこい」
「んぐ・・・」
「ここのモツ、噛み切れないよ」
「そ・・・なんです・・か?」
「味は良いけどな」
それが私の、初モツ煮込み体験だった。
そしてその、田舎町の小さな居酒屋で出されたモツ煮込み体験は、
その後の居酒屋で食べた数々のモツ煮込みによって忘却の彼方へ追いやられていった。
いつも「モツ」と聞くだけで、噛み切れなくとも飲み込める大きさであって欲しいと願うのだが、
その味と値段による誘惑に負けて食べてきたのだろう・・・(^_^;)
今日、誘いがあって「モツ鍋」を食べた。
ちょっとだけ、そのモツの形が気になった。
確かにどっかの内臓だが、今まで見てきた「モツ」とは全然違う物。
噛み切れない・・と言うより固そうにさえ見えた。
そして・・・
その「モツ」は適度な歯応えを伴って噛み切れる、美味しい物だった。
同じ料理名で出される物でも、食べる地域によって全然違う物になる。
中華街の店でも同じ事が起きる位それは当たり前の事なのに、
最初のイメージが悪いと、こうやって後をひくらしい。
微妙に後ろ向きだった私にとって、
ちょっとだけ「モツ」を見直すキッカケになりそうな鍋。
後は、尿酸値が下がればいいのだが・・・・(爆)
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