「この通りって人通りが少ないよね」
「不思議とね・・・。
どこでも、こうやって人気の少ない場所ってあるのさ。
でも、だからこの店って好きなんだよ。」
コーヒーくらい、静かに落ち着いて飲みたい物。
休日の中華街でマトモなコーヒーを、しかも静かに飲もう・・・なんて
贅沢を通り越して無茶な事だ・・・とは解っている。
しかし、かなりの確立でソレがかなえられる店がある。
それは行きつけの「KORAN」(香蘭)
私的満月を行う山下町小公園から本通りに向かって歩くとすぐ、左側にその店はある。
(「現像」参照 http://www.wakao.info/009/333.html )
3連休だから中華街は大変な混雑で、なのに仕事をしなくてはいけない苛つきもあって、
寛容に喧噪を聞き流せる余裕はなかった。
だから外なんかに出るものか・・・と思っていたのだが、
友達の「お茶しよう」コールにノコノコと出かける(^_^;)
するとこの通りだけが、やっぱり閑散としていたのだ。
寒い日は「カフェ・ラテ」(450円)
コンデンスミルクとエスプレッソの「カフェ・デン」(ベトナム風)や
コーラとコーヒーを合わせた物等、ここのメニューは多彩で面白い。
よく太田がお茶しに来た店だから一時期足が遠のいていたが、
奴とは3時間位この店でダベッていた事を思い出す。
(長時間居る時は、ビール+コーヒーだった(爆))
適度にお洒落な店内と外の風景のアンバランスさが好きで、
時間の流れの違いを味わいつつ、時間を費やす贅沢を感じるために訪れる。
今日も友達の誘いはキッカケで、
意味を持たない会話をしながら、子供の頃の事を思い出していた。
人は何故生きているのだろう・・・・
何故、自分は生きているのだろう・・・・
そんな答えのない疑問に捕らわれたまま、
ぼ〜っと物思いにふけっていたのは学校に行く前。
自分の存在の意味が解らなくて、喜怒哀楽をコントロールできなくて、
何かに没頭する事で余計な事を考えないようにしていた。
(ったって、遊んでいただけの事だけど)
そう・・・自分は「集中力」だけは自信がある。
他の事など一切目に入らないほど集中するなんて簡単な事。
(しかし、飽きて集中力が失せた時は、その落差が大きすぎるほど出る(^_^;))
何故、自分ではどうしよもできない世の中の流れに対し、
その必然となる意味を探してしまうのだろうか・・・・。
「どうしてこんなに不景気なんだ」と嘆いたところでどうしようも無い事を知っているのに、
その意味を無意識に探る行為は子供の頃のそんな疑問に苛まれた体験を呼び起こす。
「なんか最近、疲れた顔してるよ」
「精神的にきてるよ・・・」
「悩んでも仕方ない事に、気を使いすぎなんだよ。
責任取れない事には、事務的な対処しかないじゃん」
「数字の向こうに見える生活にリアリティが有りすぎるんだよね」
「こっちは家族問題が大きくて大変さ」
「お互い、歳取ったねぇ・・・」
「まだ、そんな歳じゃないぜ」
自分は、どんな歳なんだろう・・・・
今年は自分にとって、どんな一年だったのだろう・・・・
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