「『ふぐちり』って美味しいけど、高いから中々頼めないよ・・やっぱり」
「ココだったら、1人分だけでもこのカウンターで作ってあげるよ」
「板長直々に?」
「美味いよ〜」
「美味そうだな・・・
でも、本当は最後に食べる雑炊だけ、食べられればいんだよ。
あの出汁の効いた雑炊は、やっぱり絶品だと思うよ・・・」
「雑炊だけでもやるよ」
「え? でも『ふぐちり』の後で作る物じゃないの?」
「鍋に足す出汁ってあるじゃないですか。
あれって、ふぐの骨で取った出汁で、
鍋には入れない小骨も入れた美味しいヤツなんですよ。
それを使えば、美味しい『ふぐ雑炊』ができるんですね。」
「出汁だけで・・・も?」
「食べてみる?」
「食べてみる」
「・・お〜い! 雑炊の用意! しといて!!」
年末調整のデータ作りを終え、今年の一つの区切り・・という事で出かけた山田屋。
冬には山田屋にとっては本業のふぐ料理を楽しみたいところだが、
そこまで贅沢できる身分でも気分でもない。
1カンだけトラフグの握りをもらえば、それで十分に幸せで贅沢だ・・と思っているのだが、
雑炊だけ食べる手はないのかな・・・と板長に尋ねてみたら、そんな答えが返ってきた。
「じゃ、今日は雑炊分のお腹を空けておくつもりでいきますかね」
「こんな遅い時間じゃ、ネタも少ないし?
海老も無さそうだし・・・」
「ちゃんと裏に隠してあるんだな・・・」
卵(台抜き)
トラフグ
白子(タラ)
甘エビ
ブリ(炙り)
小鰭
中トロ
柴漬の海苔巻
烏賊
車海老
ちょっと待て・・・
このペースで食べてたら、雑炊が入らない・・・かも
「じゃ、そろそろ雑炊にしましょうか・・・」
という板長の声と共に、小振りの土鍋が運ばれてきた。
皮引と白子、浅葱と小さい焼き餅が入った雑炊は、
ちゃんと半生状態の卵で閉じてある。
香りも素晴らしく、実に豪華に作られているではないか・・・。
「白子はちゃんと美味しそうな所を選んでおいたよ。
しかも天然の生。」
「美味い!
白子ってベタッとして少し生臭いような気がしてたけど、
全然そんな事ないよ・・・」
「白子に限らないんだけど、入ってきた物を並べて見つめると、
美味しい物は『食べて』って微笑むんですよ。
例えばこの甘エビも、1個の箱の中にだいたい3匹位生きてるやつがいるんで、
それをみつけたら板長権限でペロッと摘んじゃう。」
「あはは、狡いね〜」
「さっき出したのは、そうやって選ったヤツのいいとこ。
美味しかったでしょ?」
「確かに。
でも、そういう目利きって、板長しかしないの?」
「若い者にも教えるんだけど、なかなか覚えが悪くって。
でもって、白子なんかは自分で選ばせて、まず一番不味い部分、
次にヤツが選んだ部分、そして『食べて』って微笑んでる部分を摘ませると、
なんとなくヤツ等にもその輝きっていうか・・・がわかるんですね。」
「不味い方から食べさせるんだ」
「その方が、美味しいって印象と振り返った時の輝きの違いが解りやすい」
「仕事で食べ物を撮っても、美味しい物は見た瞬間に美味しいって感じるもんね」
「輝きが、違うよね」
確かに美味しい料理は、ファインダーで覗くと凄く綺麗だ。
一目で、その美味しさが伝わるほど美しく輝く物だ。
綺麗な女は不思議な輝きを纏っているし、
心奪われるマシンにも同様の輝きがある。
そして食材や完成された料理までもが輝いて見えるのだから、
「魅力」を構成する要素にはそんな「輝き」が入っている・・・と想像できる。
ただ残念な事がある。
その輝きは、感じる側に「経験」が無ければ見えないモノ・・という事。
だからいつも自分を見つめ続けられる人以外は、自分自身の輝きを見つける事は難しいし、
同じモノを見ても輝きを感じられない人には、その瞬間を意識して切り取る事はできないハズだ。
食にばかりその「輝き」を求めてちゃいけない・・・って事は、解ってるんだけどね(^_^;)
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