「中華街でお茶しよ! 善隣門前で待っててね」
携帯の伝言にはそれだけしか入ってない。
相変わらずのヤツだなぁ・・・・と少し呆れつつ、
食事じゃなくてお茶、という指定に少しだけ戸惑った。
中華街でお茶と言えば茶藝館か「KORAN」だが、もう21時に近いためそれらに入るのは難しい。
(早く閉めすぎだよ、中華街!)
どっか開いてるカフェは・・・と考えれば、「カフェ・ド・クリエ」位しか思い浮かばない。
待ち合わせには良い店なんだけど、特にコーヒーが美味いわけじゃなく、
店の外にもあるテーブルを占領してぼ〜っとするためだけに行くようなもの。
しかし他にやってなきゃ仕方ないし、中華街でわざわざスタバに行くのもバカらしい。
きっと「カフェ・ド・クリエ」に行くんだろうな〜と思いつつ、
もうちょっと早く来いよ〜どうせならぁ〜と呟きつつ、善隣門に向かった。
善隣門と言えば中華街大通りの象徴とも言える門。
加賀町警察署のある五叉路にある門で、よく撮影される派手な門と言えばわかるだろうか?
渋谷のハチ公前で待ち合わせするようなもんじゃねぇか・・・と思いながら、
もっとも観光客が多い地帯に足をむけると、ソコに気になるカフェがあった。
「The CAFE」(聘珍茶寮)
045-663-5128
横浜市中区山下町143
10:00〜22:00(LO 21:45)
無休
ちょっと前に改装したこの店は、中華街ではトップクラスの「聘珍楼」系列店。
本店は明治20年にできた老舗中の老舗で、
ある意味日本の中華料理の頂点に立つ店と言っていい。
その聘珍楼が前にあった「聘珍茶寮」を改装してカフェにしたのは知っていたが、
いつも観光客で溢れているので入った事は無かった。
でも「聘珍楼」という名前がある以上、それなりの物は出してくれそうに思えた。
「待ったぁ?」
「いや、今来たところ。」
「変わんないね、ここら辺」
「あんまりコッチには来ないからね。
で、随分急な誘いだね。
何かあった?」
「う・・・ん、ま、とにかくお茶しよ」
「ここでいい?」
「うん」
初めて入って解った事。
オープンカフェにできる構造であり、ちゃんとしたエスプレッソから中国茶、
果てはチャイまで揃う本格的な店だ・・・という事。
「何だか随分良い店だねぇ」
「地元なのに知らないの?
有名よ、この店」
「そうなんだ・・・、知らなかったよ」
善隣門に近い席に座り、中華街大通り方向をを眺めてみる。
今は閉められているガラス戸越しに赤やオレンジのネオンサインが見え、
店内の黄色い内装色と観葉植物の緑が絶妙なハーモニーを見せている。
「これって、ちょっと横浜じゃない風景だな・・・」
「貴方もそう思う?
この店の感じ、好きよ・・・私」
「これで、お茶が美味しければ言う事無しだな」
「色んなチャイがあるんだね・・・へぇ〜」
「で、どうしたんだよ、こんな時間に?」
「ちょっとだけ顔見たくなって・・・」
「あのさ、それだけ・・じゃ無いでしょ?」
「ほんとよ。 顔が見たかったのよ」
「どうせならもうちょっと早く来てくれれば、一緒にメシ食えたのに」
「今、あまり食欲ないのよ」
彼女は「マサラ・チャイ」を頼み、私は「ジェラート・コン・カフェ」をオーダーした。
この店はキャッシュ・オン・デリバリーでサーブする。
オープンカフェスタイルを取る店ではそれは常識的な事(元町のpasapaも外席はそう)だろうが、
アメリカンスタイルを取るバー以外では何となく好きになれない。
それは、飲物を持ってくる人が必ずしもお釣りを用意できているわけではなく、
結果的にその人が行ったり来たりする姿があちこちで見えるため、
細かいお金を持ってない時には気が引ける・・・からだ。
「珍しい・・・、アイスクリームなんて食べるんだ」
「シガリロには甘いモノが合うんだよ。
食事する気が無いようだから、ゆっくり楽しんじゃおってところさ」
「ちょっと頂戴ね」
「ダメって言っても持ってくでしょ?」
「そうよ」
「君のチャイももらうし・・・」
お互いの物を取り合いする姿は、傍から見れば恋人のように見えるだろうか。
それはそれで迷惑な話ではなく、いや・・・嬉しい事だと言った方が正直だ。
ちょっと離れていてもこうやって会えば、
気兼ねしないで一緒にいられる関係を感謝すべきだろう。
「いつもはすぐタバコを吸うのに、今日はどうした?
まさか、禁煙してる・・・・の?」
「・・・うん」
「どうしたんだよ! 大丈夫か?
目を覚ませ!!
禁煙なんてできる君じゃないだろう???」
「吸いたくないのよ」
「ふ〜ん
俺があれだけ言っても取り上げてもやめる事できなかった君が、
目の前でこんなに良い香りのタバコを吸われても平気だとは・・・ねぇ」
他愛の無い話や互いの仕事の話をしていて気づいた事は、
彼女の禁煙と、少しだけ優しい表情を見せる眼差しの変化。
それを見て少しだけ、昔、二人の間に流れていた空気を思い出したりする。
「ラストオーダーですが、なにかご注文はございますか?」
「ありがと。 でも、もう帰ります。」
ラストオーダーを取りに来たウェイトレスの言葉をキッカケに、
彼女は席を立って私を見た。
少し寂しげな眼差し。
勝ち気な鋭い目が魅力的な彼女だが、
珍しい表情を見せるものだ・・と驚いた。
通りには観光客と忘年会流れの人間が溢れて騒がしく、店の中もほぼ満席の状態で賑やかなのに、
言葉も無く立ち尽くす彼女と立ち上がれないでいる私の間には静寂が訪れた。
(こんなシーンは絶対撮影してみたいよな〜・・・とどうでもいい事も考えてしまうバカ>俺)
「早く立って。 ホラッ」
「へ〜い」
無邪気に差し出す手を握り、緩んだ表情に安堵して立ち上がる。
12月の風はやっぱり冷たくて、身体をぶつけ合いながら少し歩いた。
「まだそんなに遅く無いから、少し飲んでく?」
「遠慮しとく。
もう帰らなくちゃ」
「なんだったら送ってくよ?」
「大丈夫、足はあるから」
「そうか・・・・ 残念だな。
もうちょっと一緒にいたいんだよ、俺」
「ね、ココで抱きしめて」
「大胆な事言うね?」
「いいから・・・
でも、優しくね」
抱きしめた彼女の肩は想像以上に細く、胸に埋まる頭は小さく、
頬に触れる髪の感触と少しだけ香る香水は、懐かし時間を蘇らせた。
「何かあったんだろ?」
「うん」
「どうしたの」
「何でもない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「変だよ、君」
「知ってる」
「だからどうしたの?」
「いいの、会えたから。
突然会いたいって思って、突然会いに行って、
それで会えたから・・・いいの」
「そう・・・」
「うん ありがと 帰るね」
さっきまでの表情とはうって変わった眼差しで私を見つめた彼女は、
もう一回自分から抱きついてきて顎を肩にのせてこう言った。
「私ね・・・・
子供、できたの」
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