「もし、人生の最後に一本だけ酒が飲める・・・となったら、何選ぶ?」
「うわ・・・キツイ質問ですねぇ・・・
一本だけかぁ・・・・ 酷だなぁ」
「これだけの数、酒を飲んでいるから何か思い浮かぶでしょ?」
「う〜ん・・・・
味っていう事ではソウじゃないんですけど、
今まで一番多く飲んだ好きな酒・・といえば『ティオペペ』ですね」
最後に選ぶ物は何だろう・・・という単純な質問は、
一番好きな物の定義を問う形になってしまったようだ。
ロブのマスターは、ソレこそ浴びる程「ティオペペ」を飲んだ・・と言う。
日常的にも、大切な日にも「ティオペペ」は欠かせない物なんだ・・とも。
そう言われて自分なら?と顧みれば、
マジメな杜氏が丹精込めて作った酒をタンクからそのまま飲みたい・・と思ってしまう。
つまり、今まで一番感動したモノを最後に飲みたい・・と思うのだ。
一番多く飲んできた酒は今やモルトでしかなく、それが最後のチョイスとなっても文句は無い。
じゃぁその中で何を?と考えればオールドマッカランのカスクストレングスになるのは解っている。
しかし、それ以外でも良質の物であれば、きっと有り難く最後の一本として選べる程、
マジメに作られたモルトは全部好きなのだ。
「久々に会えたんだから、少し飲んでいかない?」
「う・・・ん、時間があまり・・無いけど、それでもいい?」
「いいよ、もちろん。一緒に飲めれば幸せさ。」
そうやって6年ぶり位で再会できた彼女と行ったバーは、5人しか座れない小さな店。
窓も無くあまり知られていないくせに、そこそこの酒が揃いバーテンダーも良いから懇意にしている。
5人というスペースは絶妙で、カップルなら二組でイス一個分の距離が作れるし、
客も座れない可能性を考えて無理に回って来ないので空いている傾向があり、
結果的にプライベートバーの用に使えるので重宝するのだ。
(山田屋のカウンターも5人掛けなので、同様な状態が楽しめる)
「ウィスキーは嫌いだっけ?」
「あまり得意じゃない・・かな。 なんで?」
「俺はモルトって言うウィスキーの原酒を飲むんだけど、
所謂普通のウィスキーとは別物の美味しさがあるんだよ。
だから、勧めてみようかなって思ったのさ」
「そうねぇ・・・ でも最初に飲む物は決めてるのね。」
「じゃ、気が向いたら飲めばいい」
置いてあったボトルを目の前に置いてくれるバーテンダーに
彼女はオーダーした。
「ティオペペを・・・」
彼女は人目を引く程の美貌を持ち、フリーランスで記事を書く仕事をしている。
仕事柄色々なメディア関係者とのコネクションは多く、また知識も豊富で経験も豊かだ。
だから、「打ち合わせ」と称して二人きりで飲もうとする男も多いだろう・・と簡単に想像できる。
そんな彼女が、小洒落たバーで最初に飲む物には興味があった。
ショートドリンクでいきなりスカッといかれたら一緒の人間は構えてしまうし、
ロングドリンクでゆっくり飲まれれば警戒させてしまったか・・と邪推させる。
ビールではお洒落じゃ無いし、いきなりロックでは男っぽ過ぎて彼女のキャラクターには合わない。
彼女だからこその「最初の一杯」は何だろう・・・と思っていた答えが「シェリー」。
それもドライで知られる「ティオペペ」と来るとは・・・・・。
シェリーは、ワインを作る時にアルコール(ブランデー等)を添加して作る。
独特な香味とコクが有りワインよりアルコールが強く、一度飲んでみたが好きになれなかった物だ。
「しかし、うまいモノを選ぶね」
「あはは、解る?」
「そりゃ・・ね」
「だいたい男って、こうやって1対1で飲むときカッコつけるでしょ?
その虚勢の張り方で値踏みするんだけど、変に期待されてもたまらないし、
かといって何も期待させなきゃ仕事が切れる事もあるじゃない。
だから、ある一線以上は踏み込ませないぞ・・・というモノが欲しかったのね」
「いきなり『ショットガン』とか『ニコラシカ』でもいいんじゃない?」
「あのね、そこまで私は酒好きじゃないし、
例え好きでも『大酒のみだ・・・』って相手退かせてどうするのよ?」
「そうだな」
「酒の場ってウンチクのこねくり合いって性格があるでしょ?
だから、よっぽどのマニアじゃ無い限り突っ込まれないモノで、
尚かつ強すぎず弱すぎずで美味しいモノが良かったのね」
「で、シェリーにいった・・・と」
「そう。
ワインもカクテルも大体酒好きは良く知ってるでしょ?
そしてそういうヤツに限って講釈たれるのは決まってるのね。
その知識をひけらかされても嬉しくも何ともないのよ、こっちとしてはって思っても、
そいつはもう自分の知識に酔っちゃってどうしようもない」
「それって、俺?」
「あはははは
そういやアンタもウンチク好きよねぇ?」
「黙ってろ・・・と?」
「あはは、そうじゃないそうじゃない・・
アンタは節度があるから許してあげる。
要は、最初に知識をひけらかして自分の記憶力をアピールし、
次に武勇伝で体力や戦闘力を誇示し、
どうにかして私を『都合の良い女』にしたいって魂胆が見え見えなヤツが多すぎるって事」
「そりゃ、そんだけ綺麗で付き合いがよけりゃ、期待する野郎は多いと思うよ」
「そこがコッチの思う壺なのよ。」
「恐え〜な〜。
そうやって適当に摘み食いしてるんだな」
「あら? なんか誤解してる??
フリーやってると、色々大変なのよ〜。
色気より仕事じゃないとやってけないわ」
「で、色気を仕事に生かしても見せる・・・と」
「バカね、期待させるだけで深入りしないのがコツなのよ」
「そういうセリフ自体がまた、アンタだけって思わせる『文句』ではあるな」
「・・・・・深入りしちゃうと情が生まれるからね・・・」
「そうだったね・・・・・」
その時、彼女のグラスを横取りして飲んだのが、初めての「ティオペペ」だった。
少し舌にまとわりつくような深いボディとアル添された強さは、
ワインベースというイメージをあまり感じられない重さで捉えられた。
こうやってご相伴にあずかった誰かが、
この味でまた「この女、ただ者じゃない」と思わされたんだろうな・・・と想像できた。
「ティオペペ、有りますけど飲みますか?」
「いいねぇ〜 スッゴイ久しぶりだよ、ティオペペ」
「それじゃたぶん、味が変わってるって感じるでしょうが」
「えっ? 味変わったの?」
「飲んでみてください」
「勧め上手だね」
「商売ですから」
10数年ぶりに飲んだ「ティオペペ」は、確かに変わっていた。
あの独特の香りや味は有るのだが、スッキリとしてコクも弱く、軽くなっている。
「これ・・・・ティオペペ?」
「えぇ、今のはこうなんです。」
「これでもまだ、最後の一杯にはコレなの?」
「そうですね・・・やっぱり。
好き・・・なんでしょうね・・・・」
一杯の酒でも、思い出が加わると特別になる。
そんな事を思い知った夜だった。
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