「今日は変わった物作ろうかな」
「ネタに苦労してる?」
「そうじゃないけど、攻略法を考えたらちょっと思いつく事あってね」
「それじゃ、楽しみにしてよう(^_^)」
板長の悪戯が始まった。
この悪戯は、極たまに外れがあるが、だいたいヒットする事は経験で解っている。
その意志表明に異を唱える気なんて全然無いのだが、意思表明する事自体は珍しい。
いつもなら1品〜2品をスッと出すのが彼のやり方で、食べて感想を言うまで何か言わないのが決まり。
だから今日の攻撃は、かなり期待できる・・・と思われた。
「まずはコレを食べて」と出てきたのは、普通の焼き魚に見えるもの。
エラと腹の部分だけを焼き上げているが、自信を持って出すあたりちょっと楽しみだ。
何だ?
ちょっと酢が効いていて、その上脂が美味しい・・・が、何だが解らない魚だ。
「しめ鯖の腹を炙った物。
所謂『賄い』なんだけど、じつはこの腹の脂が美味くててねぇ・・」
「加茂鶴、もう一本頂戴」
「加茂鶴、おかわり〜! よし、一本売れたぁ」
こういう裏物を出すあたりが反則なのだが、美味いのだから仕方ない。
車海老
鮃の昆布〆
烏賊
と握りをもらった後の青魚を、こういった形で出されるとは思わなかった。
「それじゃ、正攻法にコレね」と出てきた次の料理は「穴子」
朝裂いたばかりの脂ののった良いところを、塩焼きにしてくれた物。
脂ののった焼き穴子は、煮た物とはまったく違った歯ごたえがあって、
タレで誤魔化されない風味と繊細な味が楽しめる。
「良いのがあった」と板長が言うだけの事はあって、焼いているのにふっくらとした身が美味しい。
変化球の次は直球か・・・・と思いながら、舌に残ろうとする脂を冷酒で流していた。
この時期、山田屋に来たら必ずいただくのは河豚。(山田屋は河豚で有名な店)
寒くなる間まで、特別に天然の虎河豚を刺身で廉価にて提供しているようだが、
それは関内にできた「とらふぐ亭」に対抗心を燃やしての事らしい。
「河豚っていうのは、ツブしてから時間をかけないと美味しくないんですよ。
だからウチみたいな店はどこも、ちゃんと時間をかけてからお客さんに出しているんですが、
あの店は『新鮮さ』を売りにしているでしょ?」
「そう。 ちり鍋の材料がピクピクしてるんだよ。」
「それはそれで嬉しい物に見えるし、勿論有りなんですけど、
そうする事で時間や手間が省けるわけね。
だから、あの値段でもちゃんと儲けが出る・・・・と」
「刺身は新鮮な方が良いのかと思ってたよ」
「白身の魚は、ちゃんと熟成した方が美味しい物が多いんです。
必ずしも新鮮じゃなきゃ美味しくないって考えない方が良いんですよ。
ちゃんと仕込まないとダメですけど・・・〆方にも色々あるし・・・。
それにあそこは『養殖物』だから、やっていける。
紙鍋で洗い物の手間も省いているし・・・ね」
以前、会社のつきあいで一度だけ行った事がある彼の店は、
確かに電磁調理器を利用した紙鍋で「ちり鍋」を出してくれた。
美味しいと感じたのは雑炊のみで、値段からすればそんなもんだろう・・と思っていたが、
熟成の差がそんなにも出る・・とは考えていなかった。
安いから・・と行く気になれない店の一つだが、確かめてみたい人のために
「とらふぐ亭」
045-227-7829
横浜市中区住吉町4-49港ビル1階
平日 17:00 〜 24:30(LO 24:00)
日・祝 17:00 〜 23:30 (LO 23:00 )
休日 12/31〜1/2
河豚を食べる・・というイベント性を考えれば、ありかも知れない。
なんたって、皮刺し、てっちり、刺身、唐揚に雑炊、デザートまでついて4980円。
それを良しとするかどうか・・・・
河豚
縁側
鰯
と握りをもらっていると
「じゃ、こんなのをひとつ・・・」と出てきたのが凄かった。
スルメ烏賊のワタで和えた身に長葱と椎茸を合わせ、バターを少しと醤油を一滴。
それを陶板の上にのせて蓋をし、下から固形燃料で焼きに入った。
「この料理は良いスルメ烏賊じゃないと美味しくないんだよね。
塩辛にできるようなワタがあれば簡単にできる。
実は家でこれをたまにやるんだけどね(笑)」
「バターに醤油って合うよね」
「烏賊だとケンカしないでしょ?」
殆ど飲み屋の肴になってきた感はあるが、出来上がったソレは素晴らしく美味しく、
そしてやたらに日本酒が美味しく感じられてしまった・・・(で、また日本酒を追加(^_^;))
一通り食べ尽くし、陶板にはソースとワタが残った状態になっていたが、
その陶板からソレを啜るのもどうか・・と悩んでいると、
「それじゃ、続きを作るね」と板長が悪戯っぽく笑った。
陶板の上にドサッと雲丹をのせ、その回りに白魚を散らす。
そしてまた火をつけ、蓋をした。
「あとは火加減だけだね・・・」
「どんな味になる?」
「食べてからのお楽しみ」
雲丹はあまり火を入れない方が美味いんだけどなぁ・・・
板長がやる事だから大丈夫だとは思うけど・・・・
「はい、できた! 丁度良い!
白魚に半分火が入った感じが食べ頃だよ。」
雲丹は陶板に当たっている所だけが少し炙られ、白魚を少し白濁しかけた感じになっている。
ワタとソースを絡めて食べると・・・・
美味い(^_^)
ワタの味、葱の香り、バターの香り、それらが食欲をそそりすぎる・・・・
「・・い、板長!
美味すぎ!
ご飯が欲しくなる・・・」
「はいよ」
と二口位のご飯を出す、板長。
こう叫ぶのが解っていたらしい・・・・
(自宅じゃ、こういう丼作ってるね?)
最初からこの丼で食いたい〜と無粋な事を考えつつ、炊きたてのご飯を楽しみつつ、
何となく板長の攻略法を想像していたが、このまま終わる板長でない・・・と期待してしまう。
何せ、わざわざ「変わった物、作る」と宣言したのだから・・・ね。
しばし呆然としつつ期待もしつつ、ここでは珍しい蝦蛄を摘んでいた。
(板長は自分の気に入った物でないかぎり食べさせてくれない。
特に蝦蛄は、殆ど食べさせてくれない物のひとつだ。
今日は珍しく小柴の物が手に入ったから・・と勧めてくれた)
「板長、そこで何巻いてるの?
また変な物を巻いてるんじゃない?」
「あったり〜。
食べてみて当ててください」
胡瓜と何かが一緒に巻かれた物。
ウニにも見えなくもないが、さっき食べた物を敢えて出すような事はないから、別物なんだろう。
口の中に広がる濃厚な味。
柔らかく滑らかな感触、そして胡瓜がうまくそのしつこさを緩和している。
「・・・・・アン肝?」
「そう。
こうやって食べるとまた、しつこさが取れてするっといけるでしょ?」
鮟鱇の肝をこうやって食べた事は無いが、なんとも素晴らしいバランスで、
アン肝と言うよりは別の料理としての出来上がった味が構築されていた。
アン肝だけだと、相当良い物じゃない限り苦手な部類の味なのに、
ペロッといけてしまうのが自分でも不思議だった。
「これで足りなきゃ手がないけど、中トロなんてどう?」
「迫力負けしないように?」
「そうだね、美味いよ」
すいませ〜ん
しっかりいただきました。
ここまで食べても料理一人あたり5000円見当であがり、後は酒を飲んだだけの勘定となる。
(本日は4975円/人 酒代3000円 サービス料込み 7106円/人となった)
この額をどう考えよう・・・
一人あたり2000円を超えたら、ちょっとマトモな食事であって欲しい。
3000円を超えたら味にも文句が言いたくなるし、5000円オーバーだったら美味しくない事は許せない。
しかし、この5000円/人という価格帯はかなり幅が広い事も事実。
以前、高級店を取材した時、
「どうせウチみたいな店はカッコつけた男が女口説くための場所だから、
見た目さえ豪華ならコレくらいの味でも十分なんですよ。
大事なのは二人切りになれる空間と、非日常な雰囲気。
そして高価だ・・という事です。」
と語るシェフがいた。
その店は客単価が10000/人を余裕で超える高級店で、味は全然たいした事がなかったのを覚えているが、
未だに潰れずちゃんと営業を続けているところを見ると、彼の言った事はある意味真理であるらしい。
店舗に予算を振った店、材料に振った店、技を見せる店もあれば、単にタカビーな店もあるわけで、
平気でバカヤローな料理を出しておいて知らんぷりするくだんの高級店もあるわけだから、
この価格帯では玉石混合もしかたが無いのだろう。
4980円でとらふぐコースを満喫するか、
山田屋で板長とさぐり合いをしながら5000円で寿司+季節料理を楽しむか・・・
ご注文はどっち?
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