「ちょっと二階へおいで」
そう言われて初めて訪れたケンタウロスのクラブハウス。
それは恐ろしいほど重厚な木の扉の向こうにある、独特な空気を持つスペースであった。
誘ってくれたのは大将で、勿論初対面。
何だか、不思議な雰囲気の持ち主だな・・・という事。
笑顔が素敵だ・・という事。
何故か、反論できない迫力を持っている事。
そんな第一印象だったと記憶している。
お互いの自己紹介が終わったところで、大将はいきなりボトルを出した。
「バーボン・デラックス」と書かれた黄色いラベルが印象的ではあったが、
こっちにすれば、まだ昼間だぞ・・という感情に押され、勧めを断るつもりになった。
しかし・・・・
1対1の付き合いだ。
別にこの後何が有るわけじゃない・・・
で、ショットグラスになみなみと注がれたバーボンを、乾杯の後一気に干した。
独特の香りと甘さ、そしてストレートの強さで咽せそうになる・・・・
「強いねぇ」と一言呟き、満面の笑顔を見せる大将。
この笑顔にすっかり毒気を抜かれてしまった・・・・・
そして、色々な話を聞き、話しているうちに「バーボン・デラックス」は空になる。
信じられない事だが、バーボンをチェイサー無しでボトル半分飲んだのは、その時が初めてだった。
勿論この日は、バイクで来ている。
気持が妙にハイになってはいるが、酔っているのも事実であった。
だから、バイクを前にして少し悩んだ。
こんなにフラフラしていて、バイクに乗れるんだろうか・・・と。
(もう20年近く前の話から時効だとは思うけど・・・(^_^;))
そんな困惑した表情を見てとった大将は、こう言った。
「立ちゴケするほど酔っているなら、休んでいけ」
酒飲ませておいて・・・とも思ったが、飲んだら乗らないつもりなら断れば良かった事。
自分の中に、この人と酒を酌み交わし話がしたい・・という意志があったから飲んだワケで、
その事を棚に上げてはいけないな・・・と反省する。
バイクはリスクを理解した上で乗るモノであり、
どんな乗り物でも運転する場合にリスクはあるのだから、
言い訳なんて意味が無い。
それはまだ私が20代立った頃。
そして初めて、ケンタウロスへ顔を出した夜。
おぼろげに理解していた生き残るルールを、
明確に指摘され、理解させられた夜だった。
そう、
バーの片隅に見つけた「バーボン・デラックス」のボトルを見て、
忘却の彼方にあったその記憶が蘇ったのだ。
懐かしさのあまりにショットグラスで飲んでみると、
随分今風の味付けに変わってしまっていた。
形やブランドは変わらなくても、中身は時代の変化とともに変わっている。
ただ、そのブランドを守るためには、中身の力が失われていては難しい。
今のニーズに応えた、でもソレらしい姿と力を持っていれば、
2002年型「バーボン・デラックス」として認知できるだろう・・・・
ラベルを見て思い出し、ショットで飲って思い出す。
そこには「時間」というスパイスが効いた格別な味が存在した。
よくクラブの看板を背負う事に意味や拘りを持つ人が多いが、
大切な事は「その中身」だと思う。
看板は、いわば単なる記号。
酒で言えばトレードマークをつけたラベルと言える。
だから、その看板を真似たり盗んだりして背負う事は、
中身の無くなった酒瓶や箱を持っている事と代わらない。
「偽物」や「語り」が出てくる度、
上辺だけ真似るのは恥ずかしくないのか・・と感じてしまう。
それは、高い酒瓶に安い酒を入れて飲むと似ている・・・・とも。
|