「ねぇ、結婚して何年になる?」
「・・・・3年かな」
「子供は?」
「居ないよ」
「作らないの?」
「う〜ん」
「可愛いよ〜 作ればいいじゃん」
「嫌いなんだよ、子供・・・」
「可愛いと思うけどなぁ」
上下ともジーンズ装った彼は、髪を肩まで伸ばし布製のバッグを足元に置いている。
白いオーバーブラウスに黒いパンツを合わせ、背中の半分まで長く髪を伸ばした彼女は、
きつめの化粧がその気性の強さをどことなく表現している。
年の頃なら27〜33といった感じのカップルは、ビールと焼き鳥を挟んで語り合っていた。
土曜の21時過ぎ、ちょっと遅めの食事時間だ・・と思うのはコッチのリズムであって、
一般的には週末のデートの仕上げ時間で、シケ混むにもちょうど良い時間帯ではある。
話の内容が筒抜けになるほど大きな声で喋る方もいけないと思うが、
こっちとしても重めの会議を一個やっつけた後の事、
丁度良い気分転換・・とばかりになんとなくその会話を聞いていた。
「あたしさぁ・・ もう結婚する気無いのよ」
「何で〜?」
「もう疲れたのよ」
「彼氏・・とか?」
「そう」
「そんな風に決めなくても」
「いいの 誰も信じたくないし」
男は既婚者で、女は独身。
昔からの知り合いで、ある程度どちらかに恋心があって、
どちらかはソレに気づきつつ応える気はなくて、
友人以上だがそれ以上の関係には発展しなかった感じがする。
女性が、言い寄ってくる既婚男性に最初に投げる質問の中に、
その男の本意を調べるキーワードがいくつか存在するが、
「子供を作らないの?」=「妻は?家庭はどうすんのよ?」
というパターンはかなり多く使われているように、感じている。
だから、ちょっとワケアリ風の二人にこの会話が始まった時、
ついその話に引きずり込まれてしまったのだ。
女性は最初その男に、本気かどうかの探りを入れた。
そして次に、遠回しに特定の相手がいない・・と表現してみせた。
お決まりのパターンで、このまま店を出ていくのだろう・・・と思い、
こっちは出てきた焼き鳥を肴に、ビールをグイッと煽る事にする。
「これ以上聞いてたら、悪趣味だからな・・・」と独り言。
他人がどうひっつこうと別れようと、知ったこっちゃないのだから。
若い頃は、
女性の気持ちなんて想像がつかなくて、
今彼女が何を求めているか・・なんてわからなくて、
質問の裏にある欲望を認めたくなくて、
的はずれな受け答えを山ほどしていた・・・と思い出す。
こんな時、突然、昔の受け答えが蘇って、
その時実はコウ言われていたんだ・・と気付けたりするのだが、
まさに「手遅れ」「大間抜け」。
「ねぇ、聞いてよ。 聡ったら結局、良子と別れたいって言うのよ!」
「ふ〜ん、うまくいかなかったんだ・・・」
「違うって! そうじゃないって事くらい解るわよ」
「?」
「良子に確かめれば良いんだけど、口ききたくないのよ、彼女と」
「ま、本当のところは言わないよな・・」
「そうじゃなくて、アタシと付き合ってるうちに、聡は良子に乗り換えたのよ!
アタシと聡の関係を良子は良く知ってたのに、あの娘は平気で聡を受け入れたの」
「まぁ・・・、男と女はタイミングってものもあるしなぁ・・・」
「聡もアタシと良子の関係知ってて、嘘つき通したんだよ」
「でも、君は聡とそうやって会ってる・・?」
「どうしても会って欲しいって言うから・・・」
「で、何て?」
「良子、最近触らせてもくれないんだって。」
「子供でもできたんじゃない?」
「そうかもね。
でも、実際そうだったら、幸あたりが『ご注進』に来るわよ。
二人の関係がどうかはわかんないけど、今のところ波風は立っていないのよ。
で、ね・・・
私ともう一回付き合いたいって言うのね、聡。」
「そりゃ、危ないな・・・」
「でしょ! でしょう?
もし聡が本当の事言ってたとしてもね?
自分からお払い箱にした女に、どの面下げて口説くのかしらね?」
「そりゃ、君が好きなんじゃ・・・」
「違うわよ! もし本当にやり直したいのなら、先に離婚してから私に声かけるべきよ!
離婚もできてないし、実際仲が悪いかどうかもわかんないのに
私だけもらっちゃおっていくら昔付き合ってたからってヒドクない?
アタシ、絶対こういう男って許さない!
随分私も安く見られたものね」
頼むよ〜
うるさくてゆっくり酒も飲めないじゃないか・・・・
かなり大きな声で喋っていた彼女は、言い切って満足したのかトイレに立った。
と同時に、彼は勘定を払いに帳場に行く。
こりゃ、随分慣れた女だな・・・・
ちゃんと、自分のグチを聞かせた上に、しっかりこの浮気志願の男に支払いさせている・・・
しかも時間が9時半だから、どうとでも展開できる時間帯じゃないか・・・
この後もうちょっと絞れる・・と踏んだか・・・な(^_^;)
連れと聞くとは無しに聞いていた会話だが、女が上手だ・・という意見では一致をみたものの、
女がこの後どうしたいか・・・・という事では意見が割れた。
私は、土曜の夜に1対1で付き合ってくれる女性をどうにかしたい既婚男性に対し、
女性は「これ以上求めるなら『アンタも離婚してからにしな』」という表現をしたように感じた。
が、同席した人は、「こんなプライド高い私が『アンタの為にここにいるのよ』」という風に取ったのだ。
ちょっと驚いた。
確かにそう言われれば、そう取れる。
まったく逆の意思表示・・としても有り得るのか・・・・
こういうタイプの人は、ああいった例え話を使った主張は常套手段だと思う。
プライドの強さが、自分の事として語れないだけの事・・と思っていた。
ただ、そういう人が素直に言った通りに捉えていても、
何故か怒り出す事があってソレを理解できないでいたのは、事実だっだ。
いずれにしろ、恋人になりきれない男女の駆け引きは、酒の肴に成り得てしまう。
人の振りみて我が振り直せ・・とはこの事かも知れない(^_^;)
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