物心がついた時既に、私には父親がいなかった。
だから無意識にそう思ったのかも知れないが、
子供の頃、優しい男の大人が大好きだった。
父親が居ない・・という事は、
男が基本的に行う事についての手本が無いって事。
髭の剃り方もネクタイの絞め方も解らない。
酒の飲み方も、女の口説き方も・・・・
でも、それは大した事ではなく、それよりも大きな問題があった。
今でこそ、片親や親の居ない子供は珍しくないが、
私が育った頃は両親が存在する家庭は当たり前で正しい形であったから、
いつも「何故片親なのか?」という質問にさらされてきたのだ。
夫婦の事だから本当のところは解らない。
しかし、どうしようもない現実とそうせざるを得ない理由で今が有る事は、
子供の私にも解っていた。
だた、自分がどんなに望んでもかなわないモノであって、
自分ではどうする事もできない事実を尋ねられる事は苦痛でしかなく、
答えの無い質問にもどうにか答えを出そうと、余計苦しむばかりだった。
だから今でも、相手の立場を想像しない無神経な人間には、
強烈に怒りが沸いてくる。
男同士だから・・・・って何だ?
男のつきあい・・・・って何だよ?
男らしいって・・・どんなだ??
都合良く、男って言葉を使うなよ!
こっちは、男って奴がどんななんだか知らねぇんだ・・
子供から大人に変わる頃、よく友達は「男」という言葉を使って連帯感を煽っていた。
そしてその都度、私は心の中で怒っていた。
しかもそれは、教師の口からも出たりするから、質が悪かった。
そんな想いに振り回される事に疲れて、他人と口をきかなくなっていったのは仕方がない。
本心を語れるのは、同じような環境で育った人間だけになりそうだった。
だから、生きていく上で、誰かのお陰で・・・・という事にだけはなりたくなかった。
「それでは、保証人を2人立ててください」
「エッ? 保証人??」
「そうです、未成年の場合は普通、ローンを組む場合は必要なんです」
初めて自動車を買おうとした時、割賦で買えるから・・という言葉で契約し、
その書類を揃える時になってその事実を知らされた。
一人の大人は母親になってもらえばいいが、もう一人は・・・・・。
「お父さんとお母さんでもいいんですよ」
「はぁ・・・・」
お父さんは居ないんだよねぇ・・・
保証人になってくれる大人なんて知らないし、誰かに頭を下げるのも嫌だな・・・
「20才になったら、一人でもローンを組めますか?」
「それは無理ですね。でも保護者の同意はいりません。」
どっちにしても誰かに保証して貰わなければ、割賦購入は無理らしい。
ならば・・・と母親に、もう一人の保証人のあてを相談してみた。
「じゃぁ、君は夜な夜な車をすっ飛ばして遊び呆けるんじゃないんだね?」
「もちろんです」
「解った。
姉さん、この子はちゃんと自分の意見を言えるし、信じられるだけの考えもある。
だから車を買う事も、保証人になる事もかまわないよ」
母親は数少ない親戚の一人である叔父に相談したのだ。
そして私は初めて、大人の男とちゃんと話ができたのだ。
彼は一流商社に就職し、その明晰な頭脳と人柄の良さで、
かなりの地位にまで出世した・・と母親から聞いていたが、
その暮らしは質素で生き方は素朴に見えた。
どこかで、父親という存在の形を見たような気がして、
いつもならひねくれて見がちな私も、素直な態度で話ができたのだ。
そして彼もまた、未成年の私を一人前に扱い、真剣に話あってくれたようだ。
その時の事は、その後私が誰かと相対する時に採る態度や考え方の基礎になった。
今でも、「男」という概念は、私には無い。
しかし、「人間」としての生き方、みたいなモノはちゃんとある。
そしてそれは、生きていく上で充分だ・・と感じている。
勿論、その考え方、生き方は、自分自身で造り上げたモノだけど、
その基になったものは叔父さんが与えてくれたモノ。
だから今でも、その事を感謝している。
残念ながら、彼は昨日亡くなった。
まだまだ生きていて欲しい人だった。
安らかに眠ってください。
そして、ありがとうございました。
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