明け方4時過ぎ
今帰らないと寝られないから、やりかけた仕事を放り投げて帰路についた。
降りしきる雨の中、悪い視界も気にならない程道は空いている。
桜木町のガード下の信号が青になり、いつものように全開をかました。
不思議な事だが、ちゃんとリミッターを効かす走りをすると
青木橋までノンストップで走れるのだ。
もう少しで明るくなるような時刻だからか廻りの車もかなりのハイペースだ。
コッチはその車達をパイロン代わりにスラロームしながら、高島町の交差点に突っ込んだ。
この信号をうまく青で通過できれば、青木橋までノンストップで行けるかも知れない。
しかし踏み切るとカウンターでは対応できないスライドが起きてしまう・・・。
こんな時、ノーマル車は悲しいほど情けない(^_^;)
横浜駅東口に向けて国道1号を北上する。
首都高速の下には雨が無く、一番左側の車線のみが濡れていた。
好きこのんでその車線を走る。
フロントウィンドウを流れる雨粒が、妙に綺麗に見えたからだ。
昔、付き合っていた女性を、彼女の友達の披露パーティー会場まで送っていった事がある。
盛装した彼女は街を散歩したかったようだが、雨が降り出したので私を呼びだしたのだ。
「せっかく新しい靴をおろしたのにモウ・・」
「ご愁傷様、その靴『雨降り靴』になっちゃったね」
「今日のためにとっといたのに・・・」
「雨、降りそうだよって言ったじゃん」
「晴れ女なのに・・・あたし・・・」
「いいじゃん、その分一緒に居られんだから」
「この服、雨には向かないのよね・・・
帰りも迎えに来てくれない?」
「仕事、抜けられたらネ」
「そうよねぇ・・ 今だって無理させてんだもんね」
「要領が悪い・・とは思わないんだけど、何せやる事が多すぎてね」
「それでも、いつも何時に帰れるか解らないって、異常よ」
「しょうがないよ」
「しょうがなく、ない!」
しょうがなくない・・よな、確かに。
好きで今の仕事をやっているワケではない。
会社の命令で今の部署に異動となり、休むヒマなくひたすら仕事をする毎日に投げ込まれた。
上司は「自分はもっとつらかった・・」と言うばかりで、こっちの状況なんて想像もしてくれない。
食ってかかれば、いつの間にか彼の言葉は自慢に彩られてしまうだけ・・・。
やっぱり辞めた方がマシ・・かな。
自分の心が死んでしまう前に・・・
自分の身体が壊れてしまう前に・・・
「ありがと、ここなら濡れないで入れるわ」
「あんまり飲みすぎるなよ」
「この格好じゃ、飲み歩けないわよ。」
「あはは・・ そうだった」
じゃね・・・と彼女は少し淋しげにドアを閉める。
その彼女の顔を、雨に濡れた窓ガラスが覆った。
濡れたガラスが彼女の顔を少し歪め、笑っているはずの顔が泣き顔に見える。
滴が頬の辺りに溜まり、そう見せるのかもしれない・・・。
あれっと思う程、彼女の顔が泣き顔に見えた時、溜まった窓ガラスの雨粒がツーッと流れ落ちた。
そしてそれは、淋しげで悲しげなのに、もの凄く綺麗で艶めかしくも見えた。
そう・・あの時見た、雨粒の輝きに似てる。
つい見とれた時、右側の高速出口より凄い勢いで車が飛び出してきた。
最近は殆ど見ない、フォルクスワーゲン・サンタナ。
シルバーグレイのヨレヨレの車は3車線を斜めに突っ切って、私の車に近付いてくる。
このままではぶつかる・・・・
無意識にブレーキを踏んだ。
メーターは100マイルを少し越えた辺りを示している。
きっとヤツには私の車は見えていない。
コッチがこんな速度で走っていると解らなかったか、見ていないのだろう・・・。
道は右にカーブし、サンタナは強引にそのまま進行した。
ブレーキングで衝突は避けられそうに思えたが・・・・
荷重の抜けたリアがコーナーに合わせて切ったステアリングのせいで左にスライドを始める。
バカヤロォ・・・
ガツン・・・とフロントバンパーがサンタナのリアバンパーにぶつかった。
大きく左側にリアが滑り出した。
その時点でメーターは150キロを指している。
カウンターを当ててアクセルを踏み込むが、トラクションコントロールが加速を許さない。
ならば・・と衝突を諦めてブレーキを踏む・・・が、
これもABSが作用してた挙動に回復方向の力は発生しない・・・
グッとリアのグリップが突然回復し今度は右に大きく振られる。
これじゃ、せっかくノンスリップデフを入れても、意味がない・・・
クルクルとステアリングを回し、もう一回リカバリーを試みるが、さっきと同じ状況のままだ。
このやろぉぉ・・と思う間もなく少しグリップが戻った車は、また左へスライドしようとするが
もう一回大きく左をスライドさせて路上方向へ慣性モーメントを向ける事は難しそうだ。
車はコンクリートの壁へ向かって吸い寄せられていく。
こりゃ、間に合わないな。
どうにか右に向きだしているけど、ほぼ正面衝突になるな。
よりによってガードレールじゃなくてコンクリート壁だよ。
これじゃ、エアバッグが開くだろうな。
右肩をベルトに食い込ませ、親指をハンドルの外側に出し、
フットレストをしっかり踏んで身体をシートに押しつけた。
エアバッグ・・痛そう・・・・
ドカーンという破裂音に近い衝突音がする。
同時に車は反時計回りにスピンを始めた。
よかった・・・エアバッグ、そのままだ・・・
じゃねぇよ、どうにか止めなきゃ・・・
右にステアしアクセルを踏むが、ステアリングはすでに固いゴムのような感触を返すだけ。
ブレーキは効いているのかわからない・・・・。
結局、車は2回転して路上に停止した。
これはもう、10年近く前の話。
当時私は、チェイサーツアラーVのオートマに乗っていた。
この事故で、オートマ+トラクションコントロール+ABSの組合せが、
スキッドした際のリカバリー能力に問題がある・・と知ったのだ。
(現在のセイフティデバイスの能力がどれくらいか解らないが)
以来、車はマニュアル車が良い・・と思っている。
それも、セイフティデバイスは極力無い方が良い・・と思うようになった。
雨の日にフロントグラスを濡らす雨を見ると、突然その時の事が蘇ったりする。
記憶は、例えばこんな風景でも蘇る物なのか。
そしてその記憶は、何故かあまり楽しくない事ばかりだったりする・・・。
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