「この先300メーター、ドン突き*、右、パスコン*、アベ48*」
「パスコン、アベ48、了解・・・・あれか?」
「そう・・・ノーチェック*だから踏んで」
「ホイ」
「右だよ右!」
「曲がってチェック*無ければ踏むよ?*」
「No.58*、パスコン・・・・・はいっと」
「ここでアベ48は厳しいなぁ」
「お待たせ、28秒遅れ!* 踏みが足んないよ」
「へ〜い」
「23秒遅れ」
「チェックから何キロ来た?」
「7.8キロ」
「正味1分遅れかい」
「この先コーション看板あって、No.59右ト*」
「右ト、了解。」
「16秒遅れ」
「71よりキロ3秒は掻く*からなぁ・・・」
「口動かしてないでもっと踏んで!」
「は〜い」
「7秒遅れ・・・5・4・2・オンタイム!*」
「おっしゃぁ〜」
「コーション*あったぁ・・・・あの右ト」
「何秒?」
「9秒プラス・・・・・コレ! 右!」
「おりゃぁ・・・っと」
「やっぱ13対1*はカウンター楽だね」
「お陰で駐車場では地獄・・・と、そりゃ!」
「18秒プラス」
「何キロ来た?」
「・・・・9.5キロ」
「まだか・・・」
「そろそろチェックあるよ! マイナス食っちゃうよ」
「ガンバリマス」
「27秒プラス」
「何キロ来た?」
「アルファ*は俺が入れるから気にしないで走って」
「いや・・・」
「その『いや・・』っての、言わない約束でしょ?」
「ゴメン」
「はいオンタイム!」
「落とすよ」
「3秒先行! もっと落として!!」
「アッ・・・」
「チェック、そのまま入って・・・・ 1時48分32秒!!」
「お〜い!公式通知*出てるか確認しろよぉ〜!!」
「全開!!! 32秒遅れ! アベ53!!」
「53?」
「53!! 公式通知!」
「きったねぇ〜 正解ってきっと下*辺りだぜ・・・ 乗るかなぁ」
「いいから踏んで! タイム、言ったとおりに書いてくれたよ」
「この直線で一気に稼ぐからね」
「ここ、前走ったね」
「じゃ、あの橋の先の広い所がチェックだな。 一本道だよね?」
「その通り、次のコマ図まで多分10キロ」
「多分?」
「引き算できない! いいから踏んで!! 遅れてるよ!」
「んじゃ、1分遅れか」
「俺の言う事聞いて! 計算はコッチがする!」
「ゴメン」
「前の車と20秒位しか離れてないって、チェックで聞いたよ」
「じゃ、どっかでひっついちゃうな」
「抜けるポイントは少ないから、早く追いついて」
「しかしもう40秒遅れてるんじゃ、随分遅いヤツだな」
「見えた」
「どこ?」
「次のコーナー先、ライトが見えた! 埃に気をつけて」
「何秒遅れ?」
「いいから、前の車抜いて」
「何秒?」
「信じて!」
「・・ホイ」
「ホラ見えた。 この先左曲がって次、右に曲がるところが広く見えた。」
「山回りじゃ、しくじったら落ちるよ」
「落とさないでしょ? 借金の固まり」
「落とせね〜よ」
「オラァ どっけぇぇ!!」
「勝手にホーン鳴らすなよ・・・・
次の左でタイヤ谷に落として抜く!* しくじったらゴメン」
「いいから行けぇ!」
「とりゃぁ」
「追いつかれたら、スグどけよ!* 礼儀知らず!!」
「お前が熱くなってどうすんだよ? 何秒?」
「・・・っと15秒先行」
「お〜い・・・ 抜いちゃった手前、アベ落とせないよ」
「まだ橋まで・・・・・あるから大丈夫。」
「一端千切ってから、落としてもいい?」
「19秒先行」
「解った、落とすよ!」
「10秒先行」
「No.60までどれくらい?」
「まだまだ・・・ そろそろチェックあるかもよ」
「あるかも・・・了解! あらら〜さっきの車追いついてきちゃったなぁ」
「大丈夫。 チェックまでコッチが前に居ればいい。 まだ10秒以上後ろ!」
「え〜!?」
「ここでチェックかよ〜・・・分跨いで!* っと3秒!!」
「オシッ、上手く入った」
「3秒!・・・・ って書いてぇ・・お願い」
「若尾氏〜、No.65までノーチェック区間*だって。
一本チェックがキャンセルになった」
「再スタート*あるよね」
「No.65にオフィシャルがいて、そこで再スタートくれるって」
「よかった〜」
「あのさ〜、いつも言ってるけど、少しは俺を信用してよ」
「してるよ」
「してないよ」
「なんで?」
「アルファだって、自分で計算しちゃうじゃん。」
「いやっそれは・・・」
「ほら、その『いやっ』って否定するのは止める約束でしょ?」
「ごめん」
「一緒に戦おうって約束したんだから、パートナーは信頼してくれなきゃ」
「そうだった・・・」
「一人で競技やったら刺さっちゃうから、ラリーを選んだんでしょ?
俺は頭悪いから皆よりうまくはできないけど、一緒ならできるって思ってるんだ。
一緒って意味、わかるよね? 否定されたら一緒に戦えないよ?」
「ごめん、口癖なんだ。 そんな意味じゃない。」
「じゃ、その口癖、直そうよ。 そう言う風に聞こえて腹立つよ」
「解ったよ。 言わないようにする・・気をつける・・ ゴメン」
「でも早くなったよねぇ・・」
「いやぁまだまだだよ・・・・っといけね、また言っちゃった」
「それは許す。 自分への否定だから・・・。
でも、タイムトライアルとか、やればいいのに・・・」
「う〜ん・・・ 一人きりって、あんまり好きじゃないんだ・・と思う」
「いつか全日本、出てみたいね」
「自分をちゃんとコントロールできないから、まだまだなんだろうねぇ・・・
さっきも抜いたらつい、踏み過ぎちゃったし・・・」
「大丈夫だよ。 実際はほぼオンタイムだと思う」
「?」
「アルファ、のっけて秒を読んでたのさ」
*ドン突き=T字路の突き当たり
*パスコン=パスコントロール:その地点より指示速度(平均速度)が変わる
*アベ48=平均時速48キロで指定区間を走行する
*チェック=チェックポイント コース上のどこかに存在する通過時刻を記録する場所。
どれだけ正確に、チェックポイント間を指定された平均速度で走れるかが、勝負の分かれ道。
*ノーチェック=チェックポイントが無い事を意味する。
*No.58=コマ図(と呼ばれる簡易な地図によってコースを走行する)にはナンバーが振ってあり、
この場合は58番のコマ図にパスコンが指定してあった。
*踏む=アクセルを踏む事
*28秒遅れ=チェックポイントから指定された平均時速で走行すると、
コース上のどの地点においても通過時刻(正解時刻)は決定する。
その時刻に対して何秒遅れているか何秒先行しているかで、自車の位置を判断する。
昔は、円盤型の計算尺で走行距離と所用時間から正解時刻を算出していたが、
この時はラリー用のコンピュータを使用しているので、簡単にズレを指示できている。
*右ト=カタカナのトの字ように片側のみ曲がる交差点の事を言う。この場合は右に曲がる。
*掻く=競技主催者で試走した車に対し(この場合はTE71=71)自車とズレがあるかを表現している。
1キロあたり3秒分の距離をタイヤが空転している・・という意味。
*オンタイム=平均速度で走行した場合の正解地点を正解タイムで走行している事。
*コーション=注意看板 危険個所(ガードレールが無くて危ない場所など)に主催者が置くもの。
*13対1=市販車についていステアリングギヤをハイスピードタイプに換えると、
少しの舵角でも大きくタイヤが回り、手を持ち替えずにハンドル操作が可能となる。
この場合は、ギヤ比から通称でそう言っていた。(トヨタ:TRD競技用部品)
*アルファ=アルファ補正 計算上の予定通過時刻に対して、係数をかけて実際の正解時刻を割り出す。
主催者(オフィシャル)の試走車と自車との差を埋めるための係数の事。
この場合、キロ3秒掻く・・という経験値から、補正した正解タイムを予測している。
*公式通知=オフィシャルが予め与えていない情報を、書面(貼り付け)で通知する。
口頭では言わないので、見落とすしたらオシマイ。
この場合は、チェックポイントからの指示速度が指定(変更)されていた。
*下=ラリー車には丸時計が積まれていた時代があるがその秒針の位置で時刻を判断するクセが残り、
デジタル表示の時計でも30秒の事を下と表現していた。
このラリーは前分スタートで、チェックポイントに到着した時刻を1時10分30秒とすると、
チェックポイントスタート時刻は1時10分00秒として設定されている・・・と想像したのだ。
正解タイムでチェックに入っても必ず30秒遅れでスタートとなる設定なため、
汚い〜と怒っている。
*谷にタイヤを落とす=高い旋回速度でコーナーを曲がると、遠心力で内側のタイヤに過重は
殆どかからない。
コーナーを早く回る時、内側の前輪を道の無い所へ突っ込んでも、
車両は当たり前に曲がってしまう。
但し、少しでもスピードが低いと内側に落ちてしまって自滅する。
*追いつかれたら=指定速度で走りその正確さを競う競技において後続車が追いついて来る、
という事は明らかに自車が指示速度で走れていない事を意味する。
だから追いつかれた場合は、速やかに先行させるのがマナー。
*分跨いで=59秒なんて時刻で入ったら、即59秒遅れになってしまうので、
次の分の早い秒で入った方が、その次が楽になる。
*ノーチェック区間=チェックポイントが無い区間。 公道を使用するため通行量の多い道は
一般車両の迷惑になるためチェックが置きにくい。
そのためオフィシャル側で競技区間で無い事を指示する場合に指定する。
チェックポイントの正解時刻が50秒だったとすると、上記の理由から
速度調整をして次分に入る車両が増えるが、そのチェックから先が
ノーチェック区間になっているため、必要ない誤差を誘うオフィシャルの
作戦である事が想像できるだろうか。
*再スタート=ノーチェック区間も平均速度で縛られているので、競技区間に入る場所の
スタート時刻も決まっている。 しかし、等間隔でスタートした競技車両も
その能力で車両間がバラバラになってしまう事が多いので、改めてスタート
時刻を決めて競技車両間を一定に整える。
オフィシャルがスムーズな運営を行うために取る手。
また、休憩を入れさせる場合も、この方法を使う。
明らかに前の車両が速く走れないと解る場合は、チェックポイントで申告し
再スタート時刻をもらう事もある。
今からもう20年も前の事。
僕らは、オンボロのTE47トレノに乗って、草ラリーに参加していた。
なんの見返りもない競争に夢中になったのは、
チームで戦う安心感を支えに自分の能力を試せたからだと思う。
働いた給料の殆どを費やして参戦した結果、
高級車が一台ポンと買えてしまう金額が失せ、禁煙ができた。(煙草も買えなかった)
6点式のロールゲージとフルハーネスのシートベルトを装備し、
ヘルメットを被る・・といった安全対策はしていても、谷に落ちれば「痛い」では済みそうもない。
だから、お互い命を預けられるような関係が無いと安心して戦えない・・・と感じていた。
彼は何事もマイペースで他人の言う事を聞かない当時の私に、
唯一、腹を立たせずに意見できる不思議な人間だった。
繊細で優しく、どっかいい加減で、めちゃくちゃカッコイイわけでもないのに、
やたら女の子に人気があった。
そんな彼が何故、気難しくワガママな私とチームを組めたのかは、
未だに理解不能で不思議な事だと思っている。
恐さと楽しさを、ギリギリの所で共有しているから、
信頼を強く持たなくては喧嘩になってしまうのは、当然の事。
何度も戦うウチにそんな信頼は築かれていくのだが、
それでも無意識に吐く言葉が、
思いもよらず相手を傷つける・・という事を教えてくれたのは、彼だった。
言葉の力
気持の重み
そんな感触を無意識に理解できるようになったのは、
そして彼と似たような感覚を持てるようになったのは、
あの頃、車の中で色々語り合えたおかげ、だろう。
43才の若さで逝ってしまった彼。
失ったモノの大きさを表現できる言葉は、私の中には無い。
安らかに眠れ 智成
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