台所の流しの下に、角張った瓶が一本置いてある事は随分昔から知っていた。
母親はその存在を忘れてしっまたかのように一番奥に置いたままにしていたが、
戦中派だけあってそれを捨てる事はできなかった・・・という事は想像できた。
では何故置きっぱなしだったのか・・・
その瓶はウィスキーであり、彼女は酒を飲まない人間だから・・・だ。
父親は日々深酒をし、おまけに酒癖の悪い人間だったから、
母親は耳にタコができるように「酒を飲んではいけない」と言い続けた。
しかし、小学校にも行かないような年齢の私にそう言ったところで、何が残るだろう?
最初は恐怖だったが、それはやがて興味にすり替わる・・・。
どんなモノなんだろうか・・・・?・・・・と。
高校に入って少しした頃、いつものように台所で洗い物をした後、
片付け物をしていて偶然にその瓶と対面した。
黄色いラベルが2枚つき、瓶の口に近い所に貼ったラベルには変なサインまで印刷されている。
仰々しい字体の英語はウィスキーと読めたが、その味なんて想像がつかなかった。
手にとって眺めてみると、琥珀色の液体が紅茶より黄色く輝いて見え、
飲みたい・・・という気持が持ち上がってくる。
どうせ母親は飲まない。
誰も、この液体を必要としていない。
じゃ、飲んじゃぇ・・・・・・(^_^;)
スクリューキャップをガキッと音を立てて切り、無造作にコップに注いでみた。
立ち上る柔らかく甘い、だけどツンとした匂い。
ウィスキー独特の香り。
恐る恐る口をつけてみた。
美味い・・・・・・・・・・・辛ッ・・・・・・っていうか痛い。
そしてその後に広がる香りの豊な事。
あわてて水を飲み、口の中のヒリヒリを押さえたが、
最初に味わった美味しさが忘れられない。
で、今度は構えて飲んでみる。
美味しい・・・ぞ、コレ。
ピリピリする・・・と思った感じはすぐ慣れ、美味しさと豊かな香りだけが印象に残る。
なんだ、ウィスキーって美味しいんじゃん!
そう、これが私のウィスキー初体験だ。
それは今から28年前の事だった。
その時飲んだウィスキーは、「サントリー角瓶」(1964年製)
まだ、サントリーがクソ真面目にウィスキーを作ろうとしていた頃の製品で、
飲んだ時に売っていた角瓶とは既に別物であった事は、その後すぐ判明した。
(ラベルが全然違うだけでなく、友達のウチで盗み飲みをしてその味の違いに驚いた事は、懐かしい)
しかし、そんな本物を最初に味わってしまうと、後が悲惨だった。
若者が手に入るレベルのウィスキーにそんな素晴らしい物は存在しない。
だからモルトに出会うまでは、ウィスキーなんて飲みたくもなかったシロモノだった。
ウィスキーを嫌う人は、その飲み方を知らない・・・と常々思っている。
と言うのは、ウィスキーの中にある美味しい味や香りは、強いアルコールや匂いの中に埋もれているもの。
それを引き出して味わう方法には独特の技が必要だからで、その技を知っているウィスキー好きはとても少ないからだ。
現在のモルト(正規ディーラー物)はだいたい40%のアルコール濃度に調整されているが、
これはすでに1/3位加水され、そのまま飲めるように調整されている物。
だから・・・と言って、そのまま飲んだら美味しくない。
「いいかい?今このモルトは、グラスに注いでから5分位経った。 匂いを嗅いでごらん?」
「・・あっ・・なんか、ちょっと苦手・・・です」
「・いや、良い香り、甘い香りがします」
「でも、ちょっと弱いと思わない?」
「そうっすねぇ・・・飲んでいいっすか?」
「私は、パス」
「ちょっとだけ・な」
「美味しい・・・けど、なんか薄いような・・・」
「じゃ、ちょっと待ってみよう」
シリウスで、1975年のマッカラン25年をテイスティンググラスに注いで、ぼ〜っと美味しくなるまで待っていた時の事、
知り合いがその酒に興味を見せたので、美味しい飲み方を伝えようと試みた。
「さて、もう12分は経った。 じゃ、さっきの匂いを思い出して嗅いでごらん?」
「えっ・・・さっき嫌だと思った匂いがしない、ですね」
「へぇ・・・、あっホントだ。」
「飲んでごらん?」
「・・・あ、これなら飲めます。 と言うか、美味しいです」
「うわっ全然違う、コレ。 良い香りだけが強くなってる。」
ファーストノートはアルコールの強い匂いとともに刺激が強いが、
やがてそれらが蒸発し空気と触れ合ってはじめて本来の香りが起きてくる。
しかしその本領が発揮されるには、モルトが寝ていた時間が長いと、それだけ準時間を必要とする。
20年物のウィスキーとかをもらって飲んでもちっとも美味しくなかった・・と思った人は、
この飲むために必要とされる時間をかけていない可能性が高い。
以前にホワイト&マッカイ21年を飲んだ事があった。
その時、「どうだ、美味いだろ〜」と勧めてくれた友達共々首を捻ったその酒は、
「所詮、ブレンドなんてこんなもんさ・・・」という言葉にテーブルの友となっていた。
・・が、20分近く放っておいて口にした時、劇的に美味しく、香りも豊に変身していたのだ。
以来、18年以上の古い酒は、じっくり時間をかけて飲むようになった。
25年物の穏やかで円やかな円熟味を味わったストレート初心者二人に、
同じ酒で18年しか寝ていない物(マッカラン18年グランレゼルバ1979)を同じように味わってもらう。
比べれば、明らかに力強い「香り」と乱暴なまでの「味」は、収まりも早く変化も解りやすい。
それが7年間の差だという事は、こうして同じように味わうまでは解らないものなのだ。
これで、モルトフリークの出来上がり???
最近、7年物、10年物あたりのバランスが良い・・と感る・・・とバーテンに話たところ、
「材料が良くなる訳は無いので、作り手の意識の変化では・・」
と答えが返ってきた。
一企業一醸造所という形で頑張りだしたブリュックラディックは2002年醸造の樽を売り出す・・と言う。
(200L 250L 500L/フレッシュ&リフィルシェリー・バーボン等)
今一本買って、18年置いておもらって2020年に樽開け・・・なんて夢がかなうわけだ(^_^)
「子供が産まれた記念に一樽買って、
成人式のお祝いに親子で試飲・・なんて、良いですよねぇ」
そこまでやったら、本当のモルトバカだ・・・ね(^_^;)
|