サイト内検索
AND OR
Photo Essay
Text Essay
Desktop Gallery
Guestbook
Malt Crazy
道楽もほどほどに
日記的雑感
 
 

卑怯者

そいつは、いつにも増して楽しそうだった。
安い酒をガバガバ飲み、楽しく話をしていた。

そいつは少し精神的に脆い部分を持っていて、深酒をすると変になる事があった。
だから状態が良い時以外は飲ませないように心掛けていたが、
今日の感じなら大丈夫だろう・・・・と思っていた。

そして、そいつが消えていた事に気付く・・・・
それはもう帰ろう・・とした時の事だった。


トイレの方で叫んでいるヤツがいる・・・・・
もしや?・・・と思い、トイレに行ってビックリした。
もの凄い声で泣き叫んでいるのは紛れもなく、そいつだった・・・。

その声と音から、泣きながら吐き続けている事が解る。
トイレに駆け込んできて、そのまま逃げていく他の客。
どうしようか・・・と考えあぐねている時目に入ったものは、
トイレのドアの下から流れてくる赤い液体だった。

これは普通じゃない。
血を吐いているとしたら、命に関わる。

ドアを叩き名前を呼ぶが、反応しない。
誰か手伝ってくれぇ!と叫ぶが、仲間は気付いてくれない。
仕方が無いので、隣の個室から壁をよじ登る事にする。

便器に足をかけ壁板を掴み、勢いをつけて登ろうとするが、天井が邪魔してうまくいかない。
足をかけて身体を板の上にのせるようにしてやっと隣へ移ろうとしてみた風景は、想像を絶していた。


精算が終了し解散しようとして、
私とそいつがいない事に気付いた仲間が一人だけ店に戻ってきてくれた。


「大丈夫っすか?・・・ウエッこりゃやべぇ・・」

「お〜助かった、誰か呼んできてくれないか?
 こいつもう自力じゃ動けない。」

「わかった・・・、でもその前に俺支えてるから、ジーンズ上げた方がいいよ」

「そうだな・・・、じゃ頼むよ。 汚れないように気を付けて」

「何言ってんだよ、そんな事気にしてる状態じゃないって」


散々誰かの悪口を叫んでいたそいつは、出るモノも無くなり少し落ち着いたようには見えたが、
とにかく赤いモノを吐いているのは事実だ。(後で気がついたが、赤い吐瀉物はトマトジュースだった。)
そして寝ているように見えても力は全然入らず、
それは呼吸が止まるかも知れない危険性がある事も理解できていた。

救急車を呼ぶべきか・・とは思うが、それよりまずここから出して、
横にするなりしないといけないだろう。
それには人手がいる。

誰かを呼んできてくれ・・・と駆けつけてくれた仲間に頼んでいたが、
血相変えて飛び込んできたのは店の人間だった。

普通、ここまで泥酔した客がいたら、酒を出す店ではその対処があって当然。
救急車の手配も手伝いも、それなりにやってくれてもいい・・と思うのだが、
汚した事に対する迷惑料と払え・・という事と、一刻も早く店から出せ・・との一点張りに終始した。

日頃、先輩風を吹かすヤツらは、その惨事に気がつきながらとっとと帰ってしまった・・・
と帰ってきた仲間が憤慨して言う。
それでも帰ってきてくれればどうにか動かす事はできるので、私としてはホッとした。


酒を飲み過ぎて醜態を晒すのは、本人の問題だ。
しかし、だからと言って、泥酔している仲間を置き去りにするのはどうだろう?

服が汚れる?
気持ち悪くなる?
そんな事は理由にならない!
吐いたモノが気管を詰まらせて、呼吸困難で死んだヤツだっているのだ。

飲んだ本人の問題はともかく、今ここで死ぬかも知れない状況になっていて、
それを置いていくのは、あまりに冷たくないか??


人間性というものは、こういう時にこそ、よく解る。


うわべだけ綺麗な付き合いをしても、イザという時に逃げ出すのなら、
本当の人間関係なんて築けるわけもない。

「今、助けて欲しい」

と言われる事は、私にとっては嬉しい事だ。
少なくともそう言う相手とは、何時でも動く・・・という関係ができている証拠だから。

 
 
サイト内の画像・テキスト等の無断利用・転載は禁じます。
Hisashi Wakao, a member of KENTAUROS all rights reserved. / Web design Shigeyuki Nakama
某若夢話は横浜飛天双○能を応援しています。