降りしきる雨はアスファルトで砕け、軽やかな連続音をたてている。
男はそれを、バーの窓からただ見つめている。
ゆっくりとパイントグラスに入ったバスを飲みながら、しかしその視線は動かさない。
煙草の紫煙が立ち上り、その影が男の横顔に表情を与える。
少し寂しげに見えるのは、遠くを見つめるような目の光がそう思わせるのだろう。
宮崎からハーレーに乗って横浜までやってきた・・・と言う。
髪は幾分白くなってはいるが、既に半世紀を生きたとは到底思えない風貌を持つ彼は、
話しかけると人なつこい笑顔を返した。
人生の先輩に教わる事を楽しみながら、杯は進む。
それは長く走り続けてきた事の証でもあり、記録でもある。
「14年ぶり・・・ 14年ぶりで横浜に来たんだ。
横浜に来たら、赤レンガ倉庫へ行く。
それが、俺の『決まり』なんだ。
だけどさぁ・・アレ・・なんだよ?
あの・・・ランドマークとかいうの・・・さぁ
何であんなんなっちゃったんだぁ?
それにさぁ・・・赤レンガもひでぇよぉ・・・
まるで違うモノになっちまったじゃねぇか・・・
・・・よぉ・・・」
どれほどの事があって、14年ぶりに横浜へ走ろうと思ったか・・・という事は一切語らないが、
その怒りと悲しみの混じった声と目に、空気が凍り付く。
申し訳ない・・・
と謝りようのない現実。
薄っぺらな街は、押しつけられた豊かさの幻想で、
望んで出来上がった街では無い事など彼にはとても良くわかっている。
しかし、「壊れ行く存在」を求めた彼にとって、
形だけ、殻だけ、雰囲気だけ残されたタダの風景など、
認められるモノでは無いのだろう。
久々に見る風景は、その変化が激しいほど心が痛めつけられる。
記憶とのギャップは、大切だった何かを、心の中で壊していく。
やっぱり、写真を撮る事は、私にとっては大切な記憶の定着作業なのだ。
その日しか切り取れない空気を焼き付ける、生きている時間の存在を意識する、
大切な行為なのだ・・・と確認できた。
一期一会で気がつかされる事の大きさ、
改めて理解する。
ありがたい酒だった。
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