「俺よりほんの少しだけ長く生きてくれ・・・」
「どれくらい?」
「一週間でも一日でもいい」
「なんで?」
「死ぬ時はお前の膝の上で死にたいからさ」
「あたしは?」
「ちゃんと枕元で待っていて、手を引いてやるよ」
「勝手だね」
「お前が先に死んじゃったら、さみしくて、その気持ちがそこに残っちゃうよ。
そしたら、一緒に旅立てないだろ?」
「あはは、死んだらそれっきりだよ」
「だったらいいじゃん、俺が先で。」
1600ccの4バルブツインカムにスーパーチャージャーをかましたミッドシップを駆って、
深夜0時40分に首都高を走っていた。
新山下から横浜スタジアムにむけて右へ折れるコースに、
100マイルにちょっと欠けるスピードでステアを切り込む。
先が見えないまま下る右コーナーを、インいっぱいに攻めて曲がるのは少し恐い。
しかし、それは蛮勇を必要とする行為ではなかった。
絶対に対向車の来ない、高速道路だから・・・・。
しかし、次の瞬間、私は信じられないモノを見た。
4台の車が、車線を埋めて停車している。
ハザードも点けずに・・・・。
渾身の力を込めてブレーキを踏む。
ABSなんて装備は無いから、あっという間にホイールはロックする。
しかし、どうみても間に合わない。
両足は下手したら骨折・・・・、いやそんなモノで済めばラッキーかも知れない。
もの凄い勢いで停車中の車両が近付いてくる。
後は、どれだけスピードを落とせるかで、自分の怪我が軽くなるかどうかだ。
だが、さすがはミッドシップ、必要以上なスライド起こさない。
もの凄いスキール音を上げながら減速し、しかもフロントに接地感が残っている。
ヨシッ・・・
バイクなら余裕ですり抜けられる車と壁の間に向けて、
ステアリングを切った。
車両を避けて壁に当てられれば、
少なくともその車に乗っている人間に怪我をさせずに済む。
当たってしまったら仕方がない・・・、高速道路に停車している方が悪いのだ。
「ねぇ、なんで突然そんな事言いだしたの?」
「いや・・・、昨日アイツの婆ちゃんの葬式だったじゃん・・・」
「そうね、先週もお葬式で大変だったわね。」
「先週は爺ちゃんだったけど、あの夫婦ってもの凄く仲が良かったんだってサ。」
「病気してたの?」
「いや、婆ちゃんは全然元気だったんだけど、爺ちゃん死んだら抜け殻みたいになっちゃって、
毎日グーグー寝てばかりになっちゃったんだってサ」
「そう・・・」
「で、一昨日の朝、寝たまま亡くなっていたのをアイツが見つけたんだってサ」
「ふ〜ん、そんな事ってあるんだね」
「で、自分が死ぬ時は、どうだろな・・・って思ってサ」
「よしなよ、そんな事考えるの。
こういうのって呼ぶって言うから、縁起でも無いよ」
ちょっとだけ力を緩めれば、もう少しステアが効く。
どうせぶつけて止めるのなら、壁だけの方がいい・・・。
スッと足から力を抜き、壁にノーズを向け、そしてもう一度強くブレーキを踏んだ。
ガンッ・・とショックが来て、車は停まった。
次の瞬間、タイヤスモークが後ろから襲ってくる。
辺り一面が真っ白となり、焼けたゴムの匂いが充満した。
停車している4台の車の遙か前にタイヤスモークが流れていった頃、
路上に立ちつくす人間達が見えた。
全員が怯えた表情で固まっている。
何でこんな所に車停めて、外に出ているんだよ・・・・
とっさにオフにしたキーを捻る。
少し長めのクランキングをして、エンジンは生き返った。
その音を聞いた途端、立ち尽くしていた彼等は自分の車に向けて駆けだし、
飛び乗った次の瞬間、その場から走り去った。
その4台が走り去った後、私の車と反対側の壁に、コッチ側を向いて一台の車両が貼りついているのが見えた。
運転者は席に座ったまま、動きそうにない。
大方、さっきのコーナーでスピンし、壁に側面をぶつけて止まったのだろう。
外に出ていないところを見ると、事故後大した時間は経っていないはずだ。
きっとさっきの4台は、後ろから来る車の事なんか考えずに車線上に駐車し、
事故を起こした車両の側へ行ったのだろう。
とにかく自走できるかどうかは確認しなくてはならない。
幸い、一台以上通れる幅は確保されている。
外に出て左フェンダーを見たら、ホイールアーチの下が少し内側に曲がっているだけだ。
右手をホイールアーチに置いて支点にし、左手で曲がったフェンダーをグイッと引っ張ると、
見た目には解らない程度まで元に戻ってしまった。
この日、何故だかバイクに乗る気分ではなかった。
だから車に乗って出かけた。
もしバイクに乗っていてこの状況だったら、すり抜けて無事だったかも知れない。
が、もしそこに人が立っていたら、殺していたと思う。
すり抜けられずに転倒したり激突したら、コッチが死んでいたかも知れない。
物事には絶対は無い・・と知った日。
それはもう14年も前の想い出。
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