「・・・あのう・・・、寝ても覚めてもあの味が忘れられなくて・・・」
「そんなに美味かった?」
「あれ以来、他の酒飲むと『違う』って感じるようになっちゃって・・・」
「じゃ、来週でも行こうか?」
「そりゃぁもう(^_^)」
という会話があってまた、野毛に行こうと約束していた。
たった一週間しか経っていないというのに、禁断症状が出ているのか?とからかいながら、
絶対に今日「飲む」ために定時に会社を飛び出した。
まだ明るい飲屋街を歩く事に凄く違和感と贅沢さを感じつつ、
それでも人気の高い店だからもしかして・・・と一寸だけの不安感も抱きつつ、店の扉を開けた。
「ヨシッ」
「ガラガラじゃん」
思わず声が出る。
先週は30分遅かっただけなのに満席に近かった。
今日は先客が一組だけ。
しかし・・・、
テーブル席すでに2つが予約され、早く来てよかったと思わされる。
「何をお飲みになりますか?」
「亀の翁!!」(ユニゾンだ(爆))
今日は、升にグラスを置いた形で出る。
例によってつまみが出る間も無く1合をグイッといただく。
先週より香りがきつく、味は甘く、少し強く感じたが、
酔い心地の穏やかさと心地よさが、コメカミより上に醸成されていく。
後味の良さと言うより、この酔い心地の素晴らしさが魅力だと、今日認識した。
今日のツマミは
「天豆」「筍煮」「肉豆腐」×2「冷やしトマト」「さよりの刺身」
といったところ。(どれも500円以上1000円以下)
そして私は亀の翁を5合ペロッと飲んでしまった。
驚愕すべき事はその後に解る。
以前に〆張鶴「純」を先輩と飲んだ時は二人で1升5合を空け、そして意識を完璧に失った。
それ以来、日本酒は良くても4合瓶一本まで・・・と心の中で決めていた。
なのに、先週ほどの酔いも無くふわっと頭の辺りが気持ちよくなったまま、
足取りも軽やかに次の店を目指せるのだ。
これは相当に、研ぎ澄まされた酒なんだろう・・と思う。
悪酔いする成分は一切入っていないのだろう。
味のイメージより、この酔い心地の素晴らしさには、あらためてビックリさせられる。
私は元々酒は強くない。
ちょっと飲めば気持ち悪くなり、消化器系に異常を来す。
それでも味が良い物には惹かれ、少しだけ酔わない程度に飲むような人間だった。
高くても美味しければ、それをちょっとだけ楽しめば良い・・・というスタイルだった。
しかしそれは、ワインとの出会いで変わっていく。
混ぜ物の無い酒は、酔っても気持ち悪くならず、そして量も飲める事に気がつかされた。
モルト・ビール・ワインはどれも混ぜ物無しの酒で、作り手の個性がモロに出る楽しい物。
なのに日本酒は・・・・・。
まだ日本酒に特級・一級・二級があった頃、厚木の造り酒屋「黄金井酒造」に仕事で行った時、
その級別を決定する役人と同席する事となった。
彼は、蛇の目のぐい飲みで、タンクから直接取った酒をテイスティングしている。
舌の上にのせ空気を吸い、鼻から吐きながら香りと味を判断していた。
そのやり方が面白そうで見ていたら、彼はテイスティングの方法を教えた上で、
味わっている8本のタンクの酒をテイスティングしてみろ・・・と言うのだ。
飲む気にならない酒だからどうしよう・・・とは思ったが、こんなチャンスは滅多に無い。
興味津々で一つの酒を口に含んだ時、日本酒の概念がガラッと変わってしまった。
これは、日本酒じゃない・・・・
強いて言うなら、ワインに近い物だ・・・・
素人にテイスティングなんてできるわけはないから、しっかり味わった。
これほど美味しい日本酒があるとは信じ難い・・・と思いながら。
役人は「日本酒はこういう物だ」と言っているが、コッチとしてはどうにも納得できない。
何故ならその酒屋で出す「盛升」という日本酒は味わった事があって、
それは所謂日本酒らしい酒だったからだ。
その原料が何故こんなに違うのか・・・と、杜氏に尋ねてみた。
彼は、タンクの並びに置かれた大きな樽を指さし、こう言った。
「あの、甘酒を混ぜているからだ」
その作り方などは解らない。
しかし、味見をすれば明らかに日本酒らしい甘さ、匂いの元である事はすぐ解った。
「どうしてこれだけ素晴らしい酒があるのに、あんな物を混ぜるのか?」
との問には、蔵元が
「そういった味を付けないと売れない」
という答えを返す。
当時の購買層は「年齢的に高く、甘いベッタリとした酒を好む」のだと。
私はまさにその味や匂いに不快感しか感じず、日本酒は味が解らない人の飲物と考えていた。
同じ甘さでも、ワインのよう原材料を思い起こせるモノじゃないから、
アルコールさえ飲めれば良い人向けだと信じてた。
なのに今味わった酒は、米の香りがしてスッキリと飲める。
辛口と言ってはいけない爽やかさが、いつまでも残っている。
「絶対、このままの味で出せば若い人間達に受けるから・・・」と蔵元に話しても。
その時の彼等には、その意味は解っていてもできない矛盾と妥協があったのだろう。
それから10年以上が経って訪れた日本酒ブーム。
その頃出会えた日本酒は、あの時感じた素直な味に近い物が多かった。
やっぱりなぁ・・・と心の中で思いながら、たまには美味しい日本酒に出会える事を喜び、
それでもタンクから直に飲んだ酒を忘れられずにいたのは、混ぜ物の影を何処かで感じていたからだろう。
亀の翁は、その影が恐ろしく薄い。
それは酔い心地が証明してくれたように思う。
5合飲んだ後に、
フレンチ95(ウィスキー・グレープフルーツジュース・シャンパン)
アイリッシュコーヒー(アイリッシュウィスキー・コーヒー)
と味わっても、家まで歩いて帰れた。
この呑み会は、月例会になる予感がしている(^_^;)
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