村の真ん中に、いつも皆で使う橋があった。
しかしその橋は小さく、そして古く、
すれ違うのも荷物を持っていたら難しい有様だった。
川の深さは身の丈より遙かに深く、川幅は泳ぎ切るには辛いほどあったから、
もっと広くて頑丈な橋が欲しいと思うのは必然だったが、
藩に掛け合っても「新しい橋を造る必要が無い」と言われるのは毎度の事。
だから金を出し合って新しい橋をかけよう、という事になった。
祭りに使う金もケチり、祝い事は慎ましく押さえ、
気候が悪くてデキが悪かった作物も、いつもより多く供出して、
年貢を出しても残った分を金に換えて貯金した。
その苦労が実ってやっと工事に入れるようになった日は、村を上げてのお祭り騒ぎとなった。
そりゃそうだ。
この川のお陰で皆、不便な思いをしているのだ。
大八車が通らない橋では、荷物は全て人力で運ばなくてならないのだ。
もちろん庄屋は勝手に工事をするわけにはいかないと藩に報告を上げ、
ちゃんと承諾を得ていたのは言うまでも無い。
農民達は工事を手伝い、職人達もその金の出所を知って、
あまり儲けを考えずに仕事をしてくれたのだろう。
工事は順当に進み、一年後、石造りの立派な橋ができあがった。
素晴らしい橋だという事はすでに周知の事実として知れ渡っていたからか、藩から調査役がやって来る。
庄屋は調査役をもてなし、橋を渡らせてその強固さと利便性を説明した。
調査役はたいそう驚き、村だけで作り上げた事を賞賛した。
そして、藩に帰り藩主に見たままを報告した。
時を置かず、藩より一通の書状が届く。
それには、藩主が直々視察に来る・・・としたためてあった。
そいつぁてぇへんだぁ・・・とばかりに、村民は準備をする。
街道ないざ知らず、ここは外れたタダの村。
差し上げる物なんて有るわけもない。
先乗りの使者が来て、藩主の迎え方や作法(所謂土下座ってヤツだ)は勿論、
どのルートを通ってどこで休むかの指示が伝えられた。
村民は遠くから隠れて覗くか、
道端で指示通りにお出迎えするかを選べばいい、と解る。
食事は藩で用意する・・・という事で、宿屋も無い村としては安堵した。
そうこうする内に藩主がやって来る日がきた。
村民は生まれて初めて見る、豪華絢爛な行列を見る事になるわけだ。
従者を引き連れた行列は、できたばかりの橋を通り、村を練り歩いた。
貧乏に慣れている村民にとって、
それはそれは素敵な光景に見えたのだが、
当然長く見る事なんてできない。
足元だけしか見えなかった・・・と怒る者ま出る始末だが、
とにかく視察は無事終了した。
翌日、城から使者がやってくる。
庄屋が受け取った書状には、予想だにしない事が記されていた。
「良くあれだけの橋を作り上げた。
その素晴らしさ、美しさは賞賛に値する。
その功を労い金子を授ける・・・・・」
と言うような内容があり、そこまで読んだ庄屋は
これで村民の努力に報いる事ができると安堵したのだが、
その先に書いてある事を見て、言葉を失った。
「この素晴らしき橋は、藩主専用の橋にする・・・」と。
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