今宵もストラーダに集うクセ有る面々。
そう、今日は満月ツーリングの日。
集合時刻にまで余裕のある参加者が、腹ごしらえに来るわけだ。
最新カワサキ1200を店の前に置いたヤツは、既に良い調子で飲んでいる。
コッチは晩ご飯を食べたがった部下を引き連れて、顔を出した。
掲示板でこの集いを知った人も加わり、だんだんタダの呑み会に変化していく。
忘れ物を取りに会社に戻ったら、錦鯉(ZZR1100)に乗る部下が暖機していたので、強制的に連れていく。
接点はバイク&シゲ&某若という事だが、妙に落ち着けるのは何故だろう。
他愛の無い話に終始しているところへZ1で乗りつける参加者がいる。
錦鯉乗りの部下がすっ飛んでいくのは当然か(笑)
クラシック車であっても、カワサキ4の原点と言えるZ1には、
カワサキ乗りとしては憧れがあって当然だろう。
カワサキ乗りでない私にも、とても魅力的に見えるバイクだ。
Z1を見て満足した錦鯉が帰ったら、今度は大将が入ってきた。
掲示板にココの事が書いてあったから・・・と。
続いてケンタウロス関係者が参加し、総勢9人の会となった。
不思議な事だと思う。
今、一緒にいる人達は皆、昔からの知り合いではない。(大将を除く)
いつの間にこんな人間関係ができたのだろう・・・と、不思議に思う。
昔、自分の幅を広げたくて(勿論、仕事の幅も)色々な人に会う事に努めていた事がある。
友達の友達・知り合いを紹介してもらい、その人の友達・知り合いをまた紹介してもらう。
そんな事を続けてみたら、一ヶ月で呆れるほど多くの人に出会う事ができた。
社会は、自分で演出しているものだという事を、
その時の行動が教えてくれた。
見ず知らずの人と話すのは難しいし、勇気もいる。
その上理解を得る事はもっと難しいから、他人と話をする事を嫌う人は多い。
私も、所謂「人見知り」が強くて、孤独に遊ぶタイプの人間だった。
しかしそれは、自分自身が作った偏見によって象られた壁が、邪魔しているだけ。
そう思わせてくれたのは、バイクだった。
停まった時、気軽に声をかける。
気さくな(たまには戸惑った)笑顔が返る。
そして、会話が始まったりする。
まるで、昔からの知り合いのように・・・・。
そんな関係を知っていたから、社会を広げる気になったのかも知れない。
無意識に壁を作る。
その壁を頼って、意固地になる。
自分の物差しでモノを計り、自分勝手な姿を想像し、
自分の価値観で判断するだけにとどまらずに、その考えを押しつける。
それは、見ている位置が低い時に、陥りやすい感情。
上から見下されるような気分は嫌だから・・・と、見えないように蓋をするわけだ。
「会社にいる人って優しくない」と誰かが言った。
そう言われりゃ、そうかも知れない・・・と感じる。
ソイツは、
バイク乗りの怖そうな外観と裏腹な優しさを知ってから、
その気持をより強く持ったと言う。
上辺だけ優しい顔しても、
部下や同僚に対して愛情の薄い人間が多いと感じる毎日を過ごしているから、
ソイツの言った事は心に大きく響いた。
常に死を見つめているライダーは、
今、手を差し伸べなければ死ぬ人間を見れば、
無意識に手を差し伸べる事を厭わない。
何故ならそれは、決して他人事では無いからだ。
戦友と言うと大げさだが、交通戦争を戦い抜く仲間である事は事実だ。
だから、長く走り続けているライダー達は、基本的に優しいと思えるのだ。
これは、偏見だ。
ある意味、差別だ。
でも、悪い意味じゃない。
バイクに「乗る」「乗らない」で
人間を差別するつもりは無いからだ。
こうして、バイクという接点で人が集まれるのを見ると、
バイクに乗っていて良かったと思える。
生き残っていて、良かったと思える。
きっと今日の満月は、
とても綺麗に見えるだろう。
日が変わる前に出発だ。
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