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Malt Crazy
道楽もほどほどに
日記的雑感
 
 

行きつけ

辞める先輩に、ありがとうの意味を込めてご馳走したい。
それが20年にも渡る「ありがとう」だとすると・・・。

その人は自分より10は年上だから、なかなかそのレベルを決めにくい。
高価過ぎたらプライドに引っかかるし、カジュアル過ぎてもツマラナイ。

「辞める前に一度、ご馳走させてください・・・」と、
ほざいてから気づいた難問だった。

こんな時相手が女性だと悩みは少ない。
女性で食べる事に五月蠅い人なら、希望を聞いてしまう事が一番の得策だ。
そして女性は大概、食べる事に五月蠅い(笑)

しかし、企業戦士で「食うより仕事」の人生を歩いた男には、
いったい何が似合うのだろう。
彼の人生は、そんなイメージで捉えられるものなのだ。

悩んだ末に出た答えは「自分の好きなものを選ぶ」という事だった。
それを選ぶ事で、自分らしさが出れば嬉しいと思ったからだ。
(この答えに辿り着くのに、4時間はかかった(爆))

そこで、自分のお薦め店リストを開くと
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「一里」(中華街:レイトンハウスビルの傍)
和食をベースにした創作料理。
3000円と5000円のコースのみの対応。
3000円はつまみのみ3〜5品程度、もしくは、最後に茶漬けをつける形。
5000円は食事としてのコースで4〜7品くらい。
酒:黒龍、東一、羅生門、他。 焼酎は宝山系が充実。
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「美濃吉」(ランドマークプラザ内)
懐石・鰻 他
懐石は6000円から。 要予約。
コストパフォーマンスの観点で言えば、横浜ではかなりの上位。
本店は京都だが、味付けは関東人が食べて、少し薄いかな・・と感じる程度。
一人単価6000円を超える料理を頼む事を前提にすれば、個室を二人以上で取れる。
酒:京山水他
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「山田屋」(ザ・ホテルヨコハマ内)
和食全般。河豚が有名だが、この店では寿司を食べる。
五人しか座れない寿司カウンターがある事は、あまり知られていない。
板長が半分趣味で握るので、ネタは抜群。
寿司、一人単価:お好みで4〜7000円。
酒:加茂鶴、久保田、他
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「次郎よこはま店」(関内)
寿司  数寄屋橋の次郎の暖簾分け。 味は文句なし。
ネタケースの無いカウンターとテーブル席のみ。 予約無しでは入れない。
客の反応を見ながら勝手に握ってくれるスタイル。
20カンで15000円程度。
酒:加茂鶴(金箔入り)
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「四季亭」(横浜ロイヤルパークホテル68階)
会席料理、寿司 他
会席は10000円から。 この店では寿司をカウンターで食べるのが正しい。
会席料理は味が濃く、京風を想像すると期待外れになる。
(不味いという事ではない)
寿司:お好みのみの対応。一人単価10000円程度。
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というラインナップがヒットした。
二人で三万出したら、彼はあまり喜ばないだろうと想像できるし、
懐石料理じゃ肩肘張って良くないので、「一里」に電話してみたら休みだった。

そこで出かけたのが「山田屋」。
ここなら、ちょっと飲んで寿司を腹一杯食べても、2万円は超えない。


「どうも、久しぶりです。 
 今日は先輩を連れてきました。」

「いらっしゃいませ〜」

板長の笑顔に迎えられて、カウンターに座る。
長年お世話になったお礼を交わしながら、最初のビールに口を付ける。

寿司ネタの話を肴に飲み食いするのが好きな私で、この店ではそれが常なのだが、
板長はこの日の来店の意味を素早く察して、寡黙に仕事を始めた。

最初は、海老だった。
何としても、彼に食べさせたい物だったから、最初にオーダーした。

ここの海老は、ボイルと言えども車海老を使う。
何とも言えない甘さと海老の香りが口の中に広がる。
この海老が食いたくて、たまに顔を出す・・と言っても良い位、美味しい海老なのだ。

彼も一口食べて、その美味さに捕まったらしい。

そして、タコのつまみと平目の握り。
ここからは、赤穂の天然海塩とスダチで食べる。

塩?と思う人は結構多く、彼も最初戸惑っていたが、
絶対美味いから・・・という私に言葉にのってタコを塩で食べたら、あっさりそれにハマる(笑)

最近、流行だと聞いたが、上質の塩を振りスダチやカボスを絞って食べる握りは、
醤油をつけるより数段美味しいと感じるのは、横で美味しそうに食べる彼の顔を見て
自分だけではないと確信できた。

その後板長は、何も言わずに握りを出してくれるようになった。

鱧にちょっとだけキャビアをのせ、大葉をシャリの間に少し挟んだもの。
コハダとキュウリを大きめの拍子木に切り、海苔巻きにしたもの。
縁側の上に細長く切ったミョウガをのせたもの。
白魚を干して板状にしたつまみ。
烏賊に少しだけ雲丹をのせたもの。
油ののった鰻の握り、
シマアジの握り、雲丹の軍艦、ほっき貝の握り。
箸休めにキュウリと蕪の漬け物
穴子とキュウリの巻物。
とタイミングを計りながら出してくれる。

酒が進む事夥しいが、さすがにここまで食べると打ち止めの感がある。
で、

「板長。 そろそろトドメを・・・」

「へい」

最後に出すものは何だろう・・と考えていたら、
出てきたものは、アワビとキュウリを合わせて巻いた物だった。
その歯ごたえの違いを楽しんだのは、言うまでもない。


この店は、知られていない事をアドバンテージに感じて、商談などによく使った。
ただその頃は、抜群に美味しい店だとは思っていなかった。

しかし、顔を覚えられて(格好を覚えられてかも知れない)から、
何だかとても美味しく感じるようになった。
お仕着せのセットを頼むより・・・とお好みで頼みだした事が良かったのか、
美味しい食べ方の話などで、板長と話が合ったのが良かったのかは解らないが、
そこに料理人の意識の変化があった事は、よく解っている。

自分の力を、他人に認めてもらえる事が嬉しい、
と感じるのは、職人系の仕事人に多い特徴だ。

料理人になった人が味を追求するのは、美味しいと言われたいからだと思う。
美味しいものを美味しいと伝えるうちに、板長の仕事は随分増えたように記憶している。


帰る時、板長に声をかけた。


「今日はご馳走様でした。
 すごく、幸せでした。」

「へい。 ありがとうございます。」


深く頭を下げた私の気持ちは、
板長の笑顔を見て通じた事がわかった。


                             Text by H.Wakao


えっ?
あれだけ食べて幾らだったか・・って?
この日、私が山田屋に払った金額(二人分)は、
酒代(生×2、久保田×2)込みで14,812円でした。

 
 
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