酔いに任せて気持ちよく歩く。
そのスピードでしか感じられない空気を味わい、景色を探して遠回りする。
それは、
頭の中を占めている考えを投げ捨て、季節の移ろいを見つめる時間。
疲れて傷ついた心は、少しだけ元気を取り戻せるだろう。
空を見上げると満月が出ている。
アレッ・・・今日は満月だったけ・・・か。
時計を見ればまだ11時。
久々に月見に行くか・・・・
駐車場までタクシーを飛ばし、マシンに火を入れる。
「行こう・・」と決めた瞬間、酔いは消えている。
その程度しか飲んでいなかったのは事実だが、現金だな・・と思う。
既に私は首都高速をひた走っていた。
少し湿った海風は、少しだけ肌寒い温度で駆け抜ける。
それを感じてか、正之助は大鼓を打ちながら浜を歩いた。
音は風に乗って巡る。
その響きは、自分の廻りを回るように流れた。
正之助の位置は解っていても、その音と同時に、頭の中で浮かび上がる音がある。
それが共鳴し、たっぷりと満ちて、心が膨れていくように感じる。
柔らかい、だけど芯の有る音。
誰かみたいだ・・・と感じて、昔の風景を頭の中に浮かべる。
まったく関係ないはずの調べは、鮮やかに想い出を引きずり出した。
あいつ・・・元気かなぁ・・・・
雨交じりだった昼間から考えると、嘘のように見える空。
鼓の音を聴いた途端、顔を見せる月。
やはりこの時間は、特別・・・だ。
心をぐっと掴むような強さは、今日の音色には無い。
だけど、包み込むような優しさと、イメージを与えるような響きがある。
二度と同じ音は聴けない事、それはもう周知の事実。
演者も自然も日々流れる時によって変化する。
そして、偶然、この時間を共にできた人達も・・・。
誰も居ない深夜の浜は、潮騒だけのリズムで迎えてくれる。
そのリズムに安らぎを見つけて、何かと言えば訪れた海。
苛つきも、淋しさも、夜の浜に座っていれば消えてしまう事を知って、
初めて手に入れたバイクで通ったのは湘南の海だった。
タンデムに彼女を乗せて、海まで出かける事。
それはとても素敵なイベントだったから、
海なら何処でも良かった・・というのが正直な気持。
もちろん長者ヶ崎にも来たかったが、鎌倉から先は有料道路。
ガソリン代を稼ぐのが精一杯だった学生時代には「行けない場所」と認識してた。
そんな事もあったなぁ・・・と、夜風に吹かれながら思い出す。
今日の音は、そんな力があるようだ。
今夜はずっと、月を観ていよう。
雲と遊ぶ満月を。
Text and Photo by H.Wakao
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