12月30日
大晦日を控えて、片付けと仕事に追いまくられ、
時計を見たら23時だった。
今日は、2001年最後の満月だな・・・と呟く独り言は、
誰も居ないオフィスから逃げ出す口実。
何だかこぼれてしまう笑みまでも楽しみながら、カメラを掴んで会社を飛び出した。
見上げれば月。
怖ろしく綺麗な月。
保土ヶ谷バイパスを100マイル+で飛ばすと見慣れた看板が見えた。
こんな年の瀬にも、走る奴はいる。
あんたも好きねぇ・・・とエールを送りながら、こっちはマイペース。
カメラを壊しては元も子もない。
暮れから三が日までは、空気が澄んでいて気持が良い。
夜空の濃いブルーがいつもより遠くに見える、と言えば伝わるだろうか。
惚れ惚れする碧。
冬の夜空。
おぼろげに富士山の姿が見え、眩しいとさえ感じるほど月光が波に輝く。
この空気と色が欲しかった・・・。
今宵も、正之助は大鼓を打つ。
その声は、いつもより大きな木霊を引き連れて走る。
「二度と同じ日は無い」という彼の言葉通り、今日の音も初めての音。
力強く響いて寝惚けた気持を叩き起こす。
夜空を見上げると目に映るオリオン。
それを見ていて気付くのは、オリオンが輝く冬の空しか記憶にない・・という事。
夏だって夜空を見上げないわけは無いのに、何故か思い出せないのだ。
美しい物だけが記憶に残っているのか、
綺麗に感じたものだけが記憶となっているのか・・・。
不思議な事だと思う。
記憶は部分的な感触のみで象られ、その感触を味わった瞬間に蘇る・・・と、
私自身は感じている。
それは、何かの香りだったり、音の響きだったり、
珍しい色の輝きだったり・・・・。
だから彼の地の記憶は、食べ物の味だったり匂いだったり、
たまにとても綺麗な風景だったりするが、普段は思い出せないでいる。
サファイヤのような深く碧い空。
透き通った空気。
大鼓に負けない正之助の声。
この感触はきっと、記憶の鍵となるのだろう。
Text and Photo by H.Wakao
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