はじめてショップに顔を出した頃、
変わらぬ笑顔で応対してくれた女性がいた。
小柄で優しい感じのする、だけど芯の入った眼差しを向ける人。
それが「おたつ」さんだった。
彼女は大将の妻であったが、実際はショップを切り盛りするキーマンで、
酒豪でライダーで人生相談の役までこなしていた。
一度話をすれば、その人間を覚えてしまう記憶力と、
走りすぎるメンバーや大将にブレーキをかける客観的視点は、
彼女の力と魅力の一つだろう。
事実、彼女に会いに来る人やメンバーがかなり多く居た。
ある日、ショップに顔を出すと、
彼女がイスを並べて横になっている。
「飲みすぎですか〜」
とからかい気味に尋ねたのは、
客が来る場所でそんな状態を見たのは初めてで、
元気を出すキッカケになれば・・と思ったからだ。
「本当に、調子悪いのよ・・・」
絶対弱音を吐かない・・と思っていた人からの言葉は、
かなりの重さを持って響いた。
そして彼女はすぐ入院する事になる。
ケンタウロスは、文化的活動を援助してきた。
演劇に始まり、音楽、能に至るまで、そのジャンルは多岐に渡る。
芸術的な活動とモーターサイクルがどう結びつくのか・・と思う人もいるだろうが、
風を読み、大地に触れ、音や色から先を予測する行為を無意識にするのがライダーだから、
五感を直接刺激する芸術との接点は多くて当たり前。
そしておたつさん自身も、当たり前のように能や薩摩琵琶と付き合っていく。
荒井姿水さんとの出会いもその一つだろう。
彼女が国替えをして丸5年。
10月25日は彼女の命日だ。
その日に合わせて、
三渓園「鶴翔閣」にて、荒井姿水さんの演奏会が開かれた。
錦心流中谷派襄水会主宰の演奏とあれば、そのファンは日時に関係なく集まる。
この日は木曜日で開場時刻が午後6時半だから、勤め人には辛い状況であるにも関わらず、
定員いっぱいの人間が集まった。
酒と料理が出され、歓談の輪が広がる。
勿論この会が、故人を偲ぶ会でもある事を知る人ばかりではない。
室内での演奏会に合わせた盛装で訪れる客と、
ケンタウロスにとっての正装であるライダー達が入り交じる光景は、
こと、ケンタウロスライブでは当たり前の風景となってきている。
琵琶という楽器は、ペルシャが発祥と言われる渡来楽器。
楽琵琶(雅楽で現在も使用)と盲僧琵琶がある。
楽琵琶と言えば正倉院の琵琶を思い出すが、薩摩琵琶は盲僧琵琶をルーツとするはずだ。
もともとは宗教儀式で法具として使われていたものが、
江戸時代、薩摩藩が武士の精神修養のために採用され、広く一般にも伝わったと記憶している。
琵琶と言えば平家物語だ・・と短絡的に思うほど、琵琶と平家物語の縁は深い。
能や歌舞伎にも通じる題材を、古建築の雰囲気の中で琵琶の音とともに聞くのは、
なかなか贅沢な事だと感じた。
音は、耳で聞くものではない。
身体で感じて、心で聴くものだと思っている。
それに言葉が載るとすれば・・・・
日本古来の楽器は、演奏される場所を問われる。
静寂と自然音の中で演奏されてはじめて、自然の力が作用する。
姿水さんの声と琵琶の音を聞きながら、庭から聞こえる虫の声も共に味わって、
語りを調べとして聞けるようになれた。
華やかで情緒たっぷりのこの会を、
おたつさんの命日に行う事、
芸能が好きだった彼女を偲ぶには素晴らしい事と感じる。
来年もまたこの日、
彼女が喜びそうな演奏会が行われるだろう。
風情を感じられる会として。
Text and Photo by H.Wakao
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