招待状が届く。
「・・・生まれ変わった自分を見て欲しい」
と最後に綴られた文の下には、懐かしい名前。
約束の日時に、私は愛車を駆って、
想い出の店へたどり着いた。
招待状の送り主は、店の主。
菊水亭四代目、高木康之 氏。
私は今年の5月、生まれ変わったこの店へ深夜訪れ、
変貌ぶりに驚き、偽らざる感想を書き記した。
その記事を読み、異議あり・・の声を上げたのは、
やっとこの店を再開した彼だった。
彼から見れば酷評であったろう私の発言を受け、
恋い焦がれた昔の味を再現してくれる・・・という申し出もあり、
年齢を重ねた初恋の人に会うような気分で、店へ入った。
以前来た時より、店内は落ち着いた感じがした。
二度目とは言え、四ヶ月も過ぎれば落ち着く・・・という事なのか。
いきなり「ペペロンチーノ」というのも下品なので、
お薦めのツマミを数点いただきながら、ビールを干す。
珍しいイタリアンサラミや、地の魚などもあって、
酒を味わうには楽しい料理が揃っていた。
店は、海沿いの店である事を意識してか、
船具やヨットの帆等を使って独特の雰囲気を演出している。
昔の雰囲気は欠片も残っていないが、居心地がよく、
同席した友達とも話が弾んだ。
「こちらが、昔のペペロンチーノです。」
頃合いを見て彼は、
現在のモノと昔のレシピで作ったモノを
一緒にサーブしてくれた。
いよいよ、ご対面である。
見た目からその違いはわからない。
ならば・・・と食べてみて驚いた。
こんな味だったのか・・・・と。
詳しいレシピは明かさない約束なので差し控えるが、
使っている調味料の関係もあって、
随分と濃い味に感じさせられる昔のモノ。
確かにこんな味ではあったけど・・・と、
記憶との違いをあげては質問を投げかけた。
高木氏はそのぶしつけな質問に、丁寧に答えてくれる。
昔の作り方や材料などまで丁寧に教えていただけた。
その真摯な態度と探求心の強さは、
新しい「菊水亭」の力となっているに違いない。
私の作り方と似ている所は、オイルの冷やし方とパスタの太さくらい。
長年疑問に思っていた味の基本となる方法論は、
自分の読みの正しさと方法の間違いが解って、面白かった。
そして、食べ比べれば、明らかに今の物の方が好みだとも、解った。
私が追い求めていた味は、遠い昔の想い出の中で、どんどん美化されたモノ。
そして、それを再現すべく研究を重ねた結果、自分の作るモノは、
材料から作り方まで、商売にはならないほど贅沢な形になっていた。
以前私が訪れた時は、オープンしたばかりでまず、
「夏を乗り切る事で頭が一杯だった・・」
と正直に語ってくれた彼。
その時、がっかりさせられた
茹ですぎのパスタは、
今の菊水亭には無い。
味は、昔の想い出がなければ、
十分素敵なモノだと思う。
しかし、
私には幾分、塩加減がきつく感じられた。
彼は、これからの店のあり方を模索していると言う。
何故なら、今の店にはレストランと酒場との両方の顔を持たせているからだ。
だから、味付けはつまみ向けに塩を強くしているのだ・・と言う。
酒場だけでは無い・・という想いから、
最初はわざと店内を明るくしていた・・とも言う彼には、
まだまだ、本当にやりたい形は見えていない。
カップルも地元の漁師も寄れる店が今の菊水亭だが、
先代から続く看板の重さと自分の方向性とのバランスは、
若さ故、難しく思えるのだろう。
最近、代替わりする飲食店に多く当たり、
その尽くを試してみて感じる事は、
小綺麗で洒落た作りの店舗と、塩ばかりキツイ薄っぺらな味付け。
生まれ育った時代の違い・・・と想像もできるが、
客の嗜好が「強めの塩味」を求める事にもあるのだろう。
見た目が綺麗で、がっちり塩味がすれば、ハンバーガー世代には受けがいい。
しかしそれは、素材の美味さが無くなってきている食材のせいでもある、と思う。
そんな時代の中で高木氏は、オーガニック素材を使う事にこだわった。
なかなか商売的には厳しいチャレンジではあるが、飲食店がそう考えられる事は嬉しい事だ。
あのペペロンチーノは、もうどこにも無い。
しかし、四代目が作るオーガニックペペロンチーノは、
新しいファンとともに、新しい想い出を作っている。
看板が重すぎるのなら、自分の看板を持てばいい。
それが許されるのは、その実力を廻りから認められた者だけだ。
今のレベルはまだまだ・・と思えても、
客の入りが力を貸してくれるはず。
今後がとても楽しみな店に出会えた夜だった。
Text and Photo by H.Wakao
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