「3,2,1,go!」
スターターのカウントダウンを合図に、軽自動車並のボディに450馬力のエンジンを載せた、
フルタイム四駆のコンペティションマシンが、ぬかるんだ道を蹴飛ばして発進した。
1986年は、ラリー用の化け物マシン「グループB」が走れる最後の年だった。
私達は、そのモンスター達の戦いを取材するために、イギリスにいた。
プレス用の試走会訪れると、ランチアが急遽ナビシートを用意してくれた。
6点式のシートベルトで締め上げられた私は8mmビデオカメラを渡され、
スタートの合図を聞いたが最後、モノも言えない状態に陥った。
後ろから蹴飛ばされたような加速とともに、ドライバーはポンポンポンとシフトアップしていく。
長い直線で5速に入り、レッド近くまで回った事を確認した私は、
一歩間違えたら死ぬ・・・と感じた。
東洋のガキをちょっと脅してやろう・・というつもりだったのかも知れないが、
湿ったダートを240km/hオーバーで斜めに走っていくマシンに乗れるなんて、
ラッキー以外の何物でもない。
後で、写っていたビデオを見て言ったディレクターの一言は、
「いいなぁ・・・」だった(爆)
初めてのヨーロッパがイギリスで、仕事。
バースを起点として北端をエジンバラにして
ブリテン島を一回りするラリーを追いかける。
毎日晴れて、毎日曇って、毎日雨が降って、たまに雪までちらついた。
風景は建物を除けば、日本に良く似て見える。
ハイウェイは保土ヶ谷バイパスのようだし、山道は丹沢のそれだった。
しかし、突然現れる街並みには石造りの建物や石畳がある。
錯覚だった・・と苦笑いしながら、メシを食いにパブをめざす。
オーダーするのは「黒ビール」と「ステーキ&キドニーパイ」or「フィッシュ&チップス」。
耳に入ってくる英語は、まさしく中学校で習った発音で聞こえるから、
すんなり理解できて会話を楽しめた。
食べ物は基本的に美味しくない。
(今は、大都市ではそうでもない・・と聞くが)
建物も走っている車も、基本的にボロ。
なのに、何だか懐かしい感じがどこかにあって、自然に溶け込んでいける。
イギリス各地を廻りながら気付いた事は、人々の奥ゆかしさ。
アメリカ人にはあり得ない、落ち着き(悪く言えば暗さ)。
それらは、なんとなく日本人気質を見るようで、親しみやすい。
それを感じて、
なるほど日本はこの国を手本にしたのだ・・・と勝手に確信した頃、
私の生活感覚は英国に乗っ取られていた(笑)
もう一度訪れたい・・と願いながら、その時間がとれないで15年。
飲む酒はモルトになり、走るスピードはマイル感覚になっても、
イギリスの地を踏む事はできていない。
いつかしよう・・・と思っているうちは、きっと実現しないもの。
だから、何事もやろうと決めたら、少しずつでも実行に移す事。
ただ、それをしない・・という事は、
実行すべき時が来ていない・という事か。
抱えた問題を処理しながら、イギリスでの想い出に浸っていたのは、
模様替えした時出てきた一本のフィルムを見たからかも、知れない。
Text and Photo by H.Wakao
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